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| ■ 挨拶(あいさつ) |
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私たちが穏(おだ)やかに仲良く暮らしてゆく上で挨拶という習慣があるのは、なんと素晴らしいことでしょう。 「おはようございます」「こんにちは」「ありがとう」「失礼します」「すみません」「こんばんは」「お休みなさい」。当たり前ですがいいですね。 もし心が閉じていて、挨拶というものがなかったら、沈黙があるか、要件のみか、ぶっきらぼうな会話しかない生活を暮らすことになるでしょう。それはそれは寂しく潤いのない乾燥した毎日になります。 「挨(あい)」は「せまる」とも読み、そばに近寄って軽く押し触れること、「拶(さつ)」も「せまる」と読み、ぎりぎりに近づいて強くせまることを意味します。 もともとの「挨拶」の意味は、師匠が論義問答をして弟子の悟(さと)りを試すこと、僧侶同士がしのぎを削(けず)って努力し切磋琢磨(せっさたくま)することで、禅宗系の言葉です。 挨拶を交(か)わせるのは、心が開いていて体調も良く、腹をたてていない、心配事がない、体の調子が良いなど、心身(しんしん)ともに穏(おだ)やかな状態にあるからです。お互いに挨拶を交わせば、たとえケンカしたばかりの二人でも、すっかり仲直りしてしまいます。挨拶を交わすことで、身も心も温和にすることができるはずです。 |
| ■ 大袈裟(おおげさ) |
もう役にも立ちそうにないぼろ布の断片を四角に切り、縫い合わせて作ったものが、「袈裟(けさ)」の原初といわれます。色褪せた衣を五列つなげば五條袈裟。同じように七條袈裟、九條袈裟・・・と種類もあります。中国以東では寒さの為に袈裟の下にも衣をまといますが、右肩を露わにする風習は残りました。これは今でも「右は清浄である」という意味から相手を敬う格好の顕れであります。サンスクリット語の「カシャーヤ」の音写語である「袈裟」は、現在では本来の意味と大分違って、金襴の刺繍が入っていたりして、派手な図柄も多くみうけられます。でも幾枚もの小さな布を綴り合わせた作り方に、往時の名残りがとどめられているのです。 儀式などに用いられる袈裟は、それこそ仰々しい位の衣装もあったりして、周囲からすればいささか度が過ぎた「大袈裟」ぶりが、この言葉の語源でしょう。 こんなところから、実際の内容とはかけ離れた話や行為を「大袈裟」と表現するようになったと思われます。 いつの時代でも大袈裟な人はいますが、呉々もあまり、悪い意味に用いられないよう気をつけたいと思います。 |
| ■ 安心 |
安心といえば、私たちは普段「やれやれ安心(あんしん)した」などと、心が落ち着いて心配のないことにこの言葉を用いていますが、本来は、「アンジン」と読む、深い意味をもった言葉です。安心とは、心を一つのところに安定させて揺り動かさないこと、つまり仏さまの教えにより、心の平安を得て、動ずることがないことをさします。 安心を得るためには、まず戒律を授かってそれをよく守り、坐禅やお写経などをして、自分の心のあり方を深く洞察することから始めます。 ふだんはこのようにして人格の向上に努め、さらに社会のみんなの幸せのために力を尽くすのです。 そして、阿弥陀さまの救いを堅く信じ、極楽浄土に往生するよう心から願うこと、これが安心なのです。 来世が極楽に確定したとなれば、これはもう安心(あんしん)ですよね。 |
| ■ 優曇華(うどんげ) |
優曇は梵語のウドンバラの音写「優曇婆羅」を略した語で、古くからインドで神聖なものとされる樹木の名前です。この樹木は三千年に一度だけ花が咲くといわれる樹の名前で、経典の中では難値難遇(なんちなんぐう)、つまり「仏に会い難く、人身を受け難く、仏法を聞き難い」という、とてもめったに出会うことのできない稀な事柄や出来事を喩える話としてあらわれています。それはたとえば『大般若経』では「如来に会うて妙法を聞くを得るは、希有なること優曇華の如し」と説かれています。また『法華経』では、「仏に値(あ)いたてまつることを得ることの難きこと、優曇婆羅の華の如く、また、一眼の亀の浮木の孔(あな)に値うが如ければなり」と説かれ、大海に住む百年に一度海面に頭を出す一眼の亀が、風に流されてきた一つの孔のある浮き木の孔の中にたまたま頭をつっこむという、めったにない幸運で仏の教えにめぐりあうことを喩えています。 伝教大師もまた『願文』で、「得難くして移り易きはそれ人身なり。・・・ここを以って、法皇牟尼は大海の針、妙高の線(いと)を仮(か)りて、人身の得難きを喩況し」と言い、人間として生をうけることの得難いことを、大海の中の一本の針を探すことや、須弥山(しゅみせん)の山頂から垂らした糸を山麓の針の穴に通すことに喩えています。 私たちは不思議な縁によって人間に生まれ、妙法を聞くことができるのですが、これはあたかも優曇華を見ることや一眼亀と浮木の出会いの喩え話のように、めったにめぐりあうことのできない幸運なのです。この幸運をよく噛みしめ、仏教を毎日生きていくことが大切ではないでしょうか。 |
| ■ 斎食儀〈食事作法〉 |
斎食儀(食事作法)私たち人間は、食事を摂らなければ生きていけません。最も基本的な生活の一部であり重要な営みです。それはどんな生き物でも何ら変わりはありません。しかし私たちはその生き物の命をいただいて生きているのです。私たちは直接生き物の命を奪っていることを意識せずに食事をしていますが、野菜でも、肉でも、生き物の命を食べているということに変わりはないのです。 お米も、本当は子孫を作る可能性を秘めたまま食されます。一粒万倍とよくいいますが、成長すれば稲穂を付け、たくさんのお米が実るはずの一粒です。その命を奪わなくては、私たちは生きてはいけないのです。私たちは多くの命に支えられて生きているのですから、たくさんの可能性を秘めて一生懸命生きていた食べ物に、せめて感謝の心を忘れず、支えていただいた命を無駄にしないためにも私たち自身も活かし、全ての命のために努力をしなくてはならないのです。そのおかげで今、私たちは生きることができるのですから。 天台宗では、一般の人でも食前・食後にお唱えする斎食儀(さいじきぎ)という食事作法(じきじさほう)があります。これは、下に示す文をお唱えして新たな心で食事をいただくのですが、この文は、天台大師の説かれた『観心食法(かんじんじきほう)』をわかりやすくしたものです。これをお唱えすることによって、感謝の気持ちを持ち、心豊かな日々の生活を送っていただきたいと思います。 「食前の言葉」 われ今(いま)幸(さいわい)に、仏祖(ぶっそ)の加護(かご)と衆生(しゅじょう)の恩恵によって、この清き食(じき)を受(う)く。つつしんで食(じき)の来由(らいゆ)をたずねて、味の濃淡(のうたん)を問わず。その功徳を念じて品(しな)の多少をえらばじ。いただきます。 「食後の言葉」 われ今、この清き食(じき)を終わりて、心ゆたかに力(ちから)身(み)に充(み)つ。願(ねが)わくは、この心身(しんじん)を捧(ささ)げて己(おの)が業(わざ)にいそしみ誓って四恩(しおん)に報(むく)い奉(たてまつ)らん。ごちそうさまでした。 |
| ■ おみくじ |
(問)おみくじで凶を引いたら、何か不吉なことが起きるのでしょうか。(答)おみくじで「大凶」を引いたら、誰もあまりいい気分にはなれないでしょう。しかし、たとえ「大吉」を引き当てたとしても、浮かれてばかりではおれないものです。凶も吉も回り巡っていくものですから、考えようによっては、今が大凶なら、これ以上は悪くはならないのだと考えることもできます。 しかし、やはり「大凶」を引いたならば、自分の生活を深く反省して、より慎重に生活するにこしたことはありません。どうしても気になるなら「仏さま、どうぞお守り下さい」とお願いして、今まで以上に精進努力するように心がければよろしいでしょう。 おみくじは、第十八世天台座主であった元三大師(良源)が創設したと伝えられています。きっと人々が、おみくじを「転ばぬ先の杖」として利用することも願われて、考案されたのだと思います。 どうぞ日々を大切に過ごして下さい。 |
| ■ 友引と葬儀 |
(問)友引に葬儀を行うのは良くないと聞きますが、本当なのでしょうか。(答)友引とは六曜という暦のなかの一つで、相引(共に引きあって)で勝負なしという日です。ところがこの共引がいつのまにか友引となり、寂しく亡くなっていった人が、葬儀に参列した友人をあの世に引っ張っていくという俗信を生んだようです。この俗信は現在でも根強く残り、多くの火葬場や斎場がお休みとなっております。 このような習俗が、いつ頃から一般化されたのかはっきりとはわかりませんが、六曜が盛んに信仰されだした江戸時代末からではないかという説もあります。六曜には仏滅などの言葉が含まれていますが、仏教とは何の関係もありません。 本義からすれば、友引に葬儀をすることは悪いこととはいえないようです。しかし自分は良いと思っていても、引かれると考えるのは相手の方なのですから、何ら問題ないとするのも難しい点があるのです。 |
| ■ 涅槃会(ねはんえ) |
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日本で一番先にこの法要を営んだのは奈良の興福寺といわれていますが、天台宗では比叡山横川において平安時代、恵心僧都源信が行ったのが最初とされております。この法要では、昔からお釈迦さまの「涅槃図」をかけ、「遺教経」というお経を読誦します。涅槃図には、お釈迦さまが沙羅双樹(さらそうじゅ)の下で、頭を北にお顔を西に向けて横たわり、そのまわりには多くのお弟子さんを始め、すべての生き物が嘆き悲しんでいる様が描かれております。 そもそもこの「涅槃」という意味は、寂滅とか寂静とか難しい意味がありますが、わかりやすくいいますと「吹き消す」という状態を示されたのであります。丁度焚き火が燃えつきたように、全ての煩悩の炎が消え、心の波立ちがおさまり安らいだ状態です。 私たちには、数多くの煩悩があり、それは物事への執着から生ずるといわれております。愛情や好悪、浄・不浄などへの固執もそれにあたります。この機会に物事に執らわれている自分の心を見つめ直してはいかがでしょうか。 |
| ■ お雑煮と雑煮箸 |
お正月にはお雑煮・御節料理など、独特のものを食べる習慣がありますが、それらを食べる際、雑煮箸といって、柳材の塗りのない丸いものを使います。私たちが普段使う箸は、食べ物を挟む先の方が細く、握る方は太くなっていますが、雑煮箸は天地が同じように細く、どちらからでも食べられるように作られています。それはどうしてなのでしょうか。お正月は、歳神様あるいは御祖霊をお迎えして今年のご加護を祈る行事とされております。一家揃ってお祈りした後、御祖霊へのお供えのお下がりでお雑煮を作り、御祖霊に召し上がって頂き、そして家族もいっしょに頂戴します。御祖霊が食することによって私たちも共に頂くことができ、そうすることで神仏のご加護が私たちに授かります。雑煮箸が天地両用食べられるようにできているのは、その用に供するためで、まさに御祖霊と人との「はしわたし」と言えるでしょう。 お正月は一家の安全を祈る行事ですから、家族全員揃って迎えたいものです。 |
| ■ 成道会 |
十二月八日と言いますと、大正から昭和の初めの頃に生まれた方々は、すぐに太平洋戦争〈第二次世界大戦〉の始まった日と答することが多いと思います。確かに、昭和十六年十二月八日は、太平洋戦争が開戦された日であります。それは月曜日の朝三時、日本軍攻撃部隊飛行機二百機が、ハワイ真珠湾に対し攻撃を行った日で、アメリカ軍に不意討ちを仕掛け、甚大な被害を与えた日であります。これは、とても不幸な出来事でありました。しかし、我々仏教徒にとりましては、それとは別に、大変意義深く重要な日なのであります。それは、この日が「成道会」(じょうどうえ)という日であります。 これは、今から約二千五百年ほど前に、インドの一地方の王子としてお生まれになったシッダルタ〈後のお釈迦様〉が、その地位を捨て、妻子を捨て、二十九歳で城を出て、修行者の群れに身を投じ、難行苦行を重ねました。しかし、この世の中の生・老・病・死の苦しみから抜け出すことは出来なかった。六年間も続けた苦行を止め、尼蓮禅河(にれんぜんが)で身体を洗い清め、村の娘スジャータの乳粥の供養を受け、菩提樹の下に座って瞑想にふけりました。その間、いろいろな悪魔に悩まされ続けましたが、その悪魔を追い払い、十二月八日の日の出前、明けの明星を眺められ、悟りを得られたのであります。 お釈迦様が、この世の中の苦しみを如何に滅するかという最大の課題を、遂に解決することが出来たのがこの日なのです。 いわゆる、悟りを開かれたのでありますが、お釈迦様が三十五歳のとき、明けの明星の美しく輝く時であったといわれており、これ以後、シッダルタ太子を「仏陀〈ほとけさま〉」といいます。 仏陀は、この日の悟りの喜びを、自分だけのものとしないで、人々に弘めようと決意され、かつて同じ修行をし、仕えてくれていた五人の修行者に伝えようと、彼等のいるベナレスに向かって出発しました。 仏陀によりますと、人間は二つの極端に陥っていると考えました。ある人は快楽を追い求め、またある人は苦行に身体を苛(さいな)んでいる。その両方とも悟りに至ることは出来ない。苦と楽の両極端を捨てて中道を選ぶ、即ち「調和のとれた努力」を続ければ悟りが開けるということを弘めていったのであります。この悟りの境地に入られたことを記念する法要が「成道会」であります。 |
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