天台宗について

法話集

No.245苔(こけ)に学ぶ

 私は苔が大好きです。
 とは言え、私がお仕えしている寺は日当たりの良い丘の上にあり、苔はあまり有りません。やはり苔の美しいお寺は谷間や山すそに多い気がします。さらさらと清らかな渓流が苔の合間を縫って流れるお寺をうらやましく思います。
 苔は梅雨時に美しいイメージがありますが、意外と秋から冬にかけても美しさを増します。毎晩のように夜露が降りて苔を濡らすからでしょう。秋が深まり木々の葉が色づけば、苔の渋みが紅葉と好一対にもなります。
 寒さが本格的になり霜になれば、苔にとってもつらいのでしょうが、霜は昼には消えます。むしろ雑草の方が先に姿を消し、苔が地面の主役になります。

 苔は強い日差しを嫌がるわけでもありません。要は水次第なのでしょう。皆さんもテレビか実物でご覧になった事がおありでしょうが、滝壺の横で常に水しぶきがかかる所なら、日当たりが良い岩の上でも苔は育ちます。苔は決して日陰者になりたいわけでなく、水にも日光にも恵まれた環境が好きだと分かります。そんな所の苔は、直射日光を浴び、水滴を身にまとって輝いて見えます。人間が励ましや愛情があれば、きつい仕事や環境でも耐えられるのに似ているかも知れません。

 更に恵まれた苔もあります。
 水かけ不動尊やお地蔵様の足元に苔を見かけることがあります。日光や水に加えて、毎日大勢の善男善女がそれぞれの願いをこめ、文字通りぶちまける勢いで捧げる祈りの功徳をも浴びているのでしょう。そんな所の苔は、立派なお庭よりも存在感のあるオーラを放ち、エメラルド色に輝いて見えます。我々が、励ましや愛情に加えて、神仏のご縁に浴す時の喜びを感じているのでしょう。
 苔を見るのに日本庭園に行く必要はありません。私は、道ばたのコンクリートに地味に生えている名前も分からない苔を見るだけで嬉しくなります。苔はそれぞれの場所で、世の片隅を守っているのでしょう。
 山にも川にも草木や苔にも仏は宿っておられます。苔は苔なりに一隅を照らしているのでしょう。
 願わくは、我々もそんな人生を歩みたいものです。


(文・近畿教区 道成寺 小野 俊成)
掲載日:2024年11月01日

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