天台宗について

法話集

No.126生きていく力 ― 使命

 平成元年、結婚して30年になる或る夫婦に苛酷な試練が始まった。それまで風邪ひとつひかず元気であった彼女に突然奥歯上に激痛が起こり、七転八倒の苦しみが始まる。病院を転々とするうちに全身のだるさ、料理の際の包丁が握れなくなり全身脱力。歩行困難、息苦しさ、話す声も次第に出なくなり、字も書けなくなる。
 平成2年に「10万人に1人の割合で発症する病、筋萎縮性側索硬化症、略してALSです。世界的に原因が究明されてなくて治療法がありません」と告げられる。五本の指が小指から一本ずつ5日で動かなくなり、全身の激痛。食べ物は喉を通りにくくなり鼻入経管栄養で体力を保ち、ついには気管切開、胃ろうの手術、呼吸器に繋がれて生かされる。ALS患者は運動神経がやられて体が動かないだけで、あとは皮膚の感覚すべて正常。蚊が顔にとまっていても自分で追い払うことも顔を背けることも出来ない。痛い、かゆいといった感覚は正常に働いているから残酷。自殺することも出来ない、もっとも残酷な病気を背負って彼女は、平成26年2月9日に76歳で亡くなった。呼ばれて自宅に枕経をあげに訪れた時、「死にたい、死にたい!」と訴えていた彼女が、今日まで生きつづけた力は、どうして何処から得たのか聞かされた。
 生きる力を得たのは動かない全身のなかで目の瞬きだけが残されていることに、彼女は仏様に見捨てられたのではなくて、この様な体になってもまだこの世でつとめなければならない仕事があると言われている事に気付いた。目の瞬きだけでできるアイセンサーをメガネにつけてワープロを操作して意思を伝え、ALS患者家族と会話をして苦しみや喜びを分かちあい、励ましあって、周囲の人々に生きることの尊さを伝え続けたそうです。ALSを患った彼女の人生は苦しく我慢を強いられる連続であった。しかし一瞬一瞬の出来事のなかで目の瞬きと、暖かい看護が仏からの贈りものであったと観るとき報恩の気持が生れ、この世での彼女の使命を潔く全うしたのです。この世で自分のなすべき使命に目覚めると大きなハンディがあっても共に生きられることを教えられます。

(文・秦 順照)
掲載日:2014年09月01日

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