天台宗について

法話集

No.240生まれてくる苦しみ

お釈迦様が述べたという「四苦八苦」について、詳しくは仏教本か、この法話集のNo.91を見ていただきたいのですが、最近思うところがあったので少しお話いたします。

「四苦八苦」とは、
四苦…
 ①生 ②老 ③病 ④死
八苦…
 ⑤愛別離苦 ⑥怨憎会苦
 ⑦求不得苦 ⑧五蘊盛苦

 生きているうちにおこる、逃れられない根源的な苦しみを表しています。「四苦」とは生まれ、歳を重ね、病気と闘い、最後に迎える〝死〟ということで解りやすいとは思うのですが、実は①の「生まれてくる苦しみ」について昔から疑問に思っていました。ある仏教本には「生まれる場所や条件を選べない苦しみ」と説明してありますがいま一つピンときません。〝頼んでないのになんで生んだんだ‼〟のようなある種乱暴な思考の裏付けになっていないか?と考えてしまうのです。
 大学時代には教授から「生まれたときにはみんなオギャーと泣いて生まれる。あれは苦しいから泣いているのだ。」と説明されましたが、なんだかそれも腑に落ちないでいました。

 先日、檀家さんの子どもが亡くなりました。20歳過ぎの女の子。10数年前に私のところに「ギターを教えてほしい」と訪ねてきた子でした。私は趣味でギターをいじって遊んではいますが、実際にはほとんど弾けません。教えることなんて出来ないよ、と説明したのですが諦めてもらえませんでした。彼女の沸き上がる学習意欲を削いてしまうのも悪いと思い、ギター教室まがいを何回かやりました。結局上手く教えられず3回程で終わってしまいました。
 ギター教室まがいの前から、お寺の行事や学校の行事で彼女とは何度も顔をあわせていました。いつもメガネをかけていて、ニッコリとした目で満面の笑みで挨拶をしてくれる子でした。おしゃべりはしなくても、笑顔の挨拶を交わす大切な友達でした。
 十数年の歳月が流れ、彼女はお嫁に行き、子供を授かるも産後の肥立ちが悪く、実家で養生をしていました。突然の訃報でした。
 しばらくは彼女の笑顔が脳裏に浮かんでいました。そして思ったのです。〝生まれてくる苦しみ〟とは産んでくれた〝母親〟が担ってくれているのではないか。お釈迦様のお母様も苦しんで産んだ後亡くなっています。母親はそれだけの苦しみと危険を担って、生命を世に送り出しているのです。誰もが〝苦の肩代り〟を母親に担ってもらってこの世に生まれてきているのです。有難いこと。忘れていること。大切にしなければいけません。


(文・山陰教区 弥勒寺 柴山 智慶)
掲載日:2024年06月01日

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