天台宗について

法話集

No.216命がけの生命(いのち)

 寒さ厳しい、季節のある日のこと。お檀家様A家のおじいさんがお亡くなりになったと知らせを受け、準備を整え枕経に伺いました。
 ちょうどその時、都内から故人の孫娘が里帰り出産の為に帰って来ていました。法要も済み、故人の生前の話等を伺いながら、孫娘の出産の話になりました。彼女は、初産で出産予定日を過ぎており、いつ陣痛が来てもおかしくない状態でした。
 無事に葬儀を終え、喪主Bさんに娘さんが参列していなかった事を尋ねたところ、出産予定日をだいぶ過ぎており、大事を取って入院したとのことでした。
「初孫は、お父様の生まれ変わりかもしれませんね。」等と話をしました。今思えば、この言葉には、何事も無く生まれることは当たり前の様に思っていた私があり、猛省しなければなりません。

 後日、Bさんから電話が掛かってきました。四十九日忌の相談かなと、しかし明らかに何かを噛みしめたような声。「娘が危篤で、葬儀をお頼みします」と、愕然としました。
 陣痛促進剤が投与され、出産を迎えた彼女は、お産の最中に血圧が上昇し、頭痛を訴えながら意識を失ってしまったとの事でした。医療体制が充実している病院でも手に負えず、最後の砦、大学病院へと緊急搬送されました。原因は、脳内出血。母子共に大変危険な状態でした。よく出産は、「命がけ」と言われます。この話を伺った時、この言葉の重みを十分に理解することが出来ました。
 慌てて準備したことが伺える遺影の写真は、四十九日、一周忌と二回ほど写真が変えられていました。たくさんの花に囲まれている姿、にこやかに微笑んでいるお顔。どちらも素敵な写真でした。

 私たちの苦しみの一つに、愛別離苦(あいべつりく)があります。大切な人や愛おしい人、出会った人とは、必ずお別れをしなければならない苦しみの事です。今回、この上ないお別れを余儀なくされたご家族、特に故人のお母さんは、スーパーで近所の方に出会い、初孫の事を聞かれ、返す言葉が無かったそうです。それ以来、外出するのが嫌になったそうです。
 「日にち薬」という言葉があります。それは、どんな苦しい出来事であっても、少しずつ少しずつ、即効性はないけれど、ゆっくりと時間が解決してくれる事。
 今は、離れて暮らす亡き娘の夫から、スマホに送られてくる孫の写真、動画が何よりの楽しみだそうです。いつか、僕のお母さんは、「命がけで僕を生んでくれた」と、胸を張って言える時が来ることを、皆で温かく見守っていきたいものです。


(文・福島教区 岩角寺 佐藤 教順)
掲載日:2022年06月01日

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