天台宗について

法話集

No.48仏さまのお顔

(問)お寺巡りをしていると時々とても怖い顔をした仏さまにお目にかかることがあります。仏さまのような、といえば優しさの代名詞のようにいわれるのにどうして恐い顔をした仏さまがいるのですか。

(答)そうですね。恐いお顔の代表としてよくお目にかかるのは「お不動さま」と呼ばれる不動明王(ふどうみょうおう)でしょうか。眼をカッと見開き、牙をむいた忿怒(ふんぬ)の相で、手には剣と綱を持ち背後には真っ赤な炎が燃えさかっている、恐いお姿です。この不動明王と降三世明王(ごうざんぜみょうおう)、軍茶利明王(ぐんだりみょうおう)、大威徳明王(だいいとくみょうおう)、金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)の五大明王、また、愛染明王(あいぜんみょうおう)、大元帥明王(だいげんすいみょうおう)、烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)と呼ばれる明王などがおられますが、おおかたは、お不動さまのような忿怒相をしています。明王とは、愚闇(ぐあん)を破る智慧(ちえ)の光明(こうみょう)〈真言(しんごん)の意〉をもつお方という意味です。そして、一筋縄(ひとすじなわ)ではいかない人を導くために忿怒の相をしているのです。
 この頃は父親がみんな優しくなってしまったと言われるのですが、昔は雷おやじといわれるような恐い父親も結構いたものです。母親は優しいほうがよいのですが、その一方に、時には厳しく恐い父親がいてこそ子供は健全に育つといえましょう。
 仏さまにも、こんな父親母親に似た役目があるのです。人間もいろいろですから、優しい言葉だけではきいてくれない人もいます。そんな人には眼をむいて凄(すさ)まじく叱(しか)ることも必要です。明王は、実は優しい如来のお使いですから、その忿怒相は、なんとかこの人に立ち直ってもらいたい、しっかり仏道を歩んでもらいたいという心の表れで、内心は慈悲そのものなのです。
 明王の他には、四天王(してんのう)〈持国天(じこくてん)、増長天(ぞうちょうてん)、広目天(こうもくてん)、多聞天(たもんてん)〉や金剛力士(こんごうりきし)〈仁王(におう)〉なども忿怒相をしていますが、いずれも力強く仏法を守護したり、私たちが道を踏みはずさぬようにと願って恐いお顔をしているのです。できれば、私たちも優しい導きを素直に聞けるようでありたいですね。
掲載日:2008年02月18日

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