天台宗について

法話集

No.185千手観音様の化身

 私の寺の檀家にM氏という男性がいます。彼は温厚な性格で、町内の皆から「Mさん、Mさん」と親しまれています。町内の人達のいろいろな相談にも、よく耳を傾けてくれます。農作業の相談のことは勿論、生活上の相談など、よき相談相手になっていて町内のカウンセラーのようです。小寺の檀徒総代会長も長く務めてくれ、本尊千手観音の縁日、施餓鬼、年末には率先して清掃や準備をしてくれるし、寺にも頻繁に足を運んでくれ、住職の私と細かいことについて相談にのってくれたり、助言をしてくれて、頭の下がる思いでした。

 M氏は新茶のシーズンまっただ中のある夜、買い物に行く途中、急に激しい頭痛に魘われ、軽トラックを道端に止め、中でうずくまっていました。当地はお茶、みかんを主な産業とする地域であるため、四月下旬から五月上旬の大型連休の頃は新茶のシーズンになります。昼間摘んだ茶葉を夜通し揉んで製茶にして、翌朝市場に持っていく、という作業が連日続きます。M氏もその仕事をしていた時でした。
 その時一人の若い女性が通りかかり、車を止めてM氏に事情をきき、自分の車で仲間のいる茶工場まで連れてきてくれ、救急車で病院に搬送されて事なきを得ました。

 私はこの話しを耳にした時、すぐにこの女性は『千手観音の化身』であると思いました。日頃町内の皆のために心から相談にのり、寺の行事や、年末には落ち度のないように気配りしてくれているM氏に、千手観音様が若い女性に身をかえて助けてくださったのだと確信しています。『観音経』の中に、「堕落金剛山 念彼観音力 不能一毛」の一節があります。今回のこの女性の出現は、少し異なるかもしれませんが、この一節の通りだと思っています。

 M氏の日々の行動は、伝教大師の教えである「己を忘れて他を利するは慈悲の極み」を実証しているのだと思います。M氏の頭痛の原因は、二月にしゃがんで作業をしていて、立ち上がった時に飛び出ていた棚の角に頭をぶつけたことでした。その時に頭の血管が小さく切れ、そこから血が少しずつ滲み出て、それが溜まって頭痛となったのでした。幸い開頭手術をする必要はなく退院できて、今は元気に農作業を続けています。
 自分のことだけでなく、常に他人のために心をこめて接することの大切さを感じさせられました。


(文・東海教区 東光寺 辻 亮駿)
掲載日:2019年08月01日

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