天台宗について

法話集

No.150「地獄」と「極楽」

 お盆になると、幼い頃、母方の菩提寺にお参りに行き、「地獄絵図」の掛け軸を見たことを思い出します。

 母は言います、『よく見なさい。人は死ぬと閻魔大王の前に行き、そこで裁きを受け、善い行いをした人は「極楽」という素晴らしい所に行けるけれども、悪いことをした人は「地獄」に堕とされる。「閻魔さまの鏡」がその人の行いを全部映し出してしまうから、どんな言い訳も通じないんだよ。食べ物を粗末にした人のご飯が燃えたり、嘘ばかりついた人が舌を抜かれたり、鬼に追い立てられて〈血の池に落とされる人〉〈釜ゆでされる人〉〈針の山を登らされる人〉がいるでしょう』。母の言葉を背で聞きながら、生々しい描写に息を呑んで見入ったものでした。

 そんな私も、成人を過ぎた頃には「科学万能の時代、地獄なんて作り話」などという考えになっていました。ところが社会人となったある日、シンガポールに行く機会に恵まれ、「タイガーバームガーデン」という遊園地を訪れた時のことです。当時、園の入り口には龍の形をしたトンネルがあり、その内部には「地獄のジオラマ」が作られていました。まさしく子供の頃に見た地獄絵図の立体版です。子供たちはもちろん来園者の全てが、この地獄のトンネルをくぐらなければ園内に入れない仕組みになっていました。『まず「地獄」をとくとご覧なさい。それができたら「極楽」で思いっきり遊びなさい。』という設立者からのメッセージが聞こえるようでした。「地獄」と「極楽」は、世界中のほとんどの宗教で説かれ、死後の世界を通じて善悪を考え、人々が正しく生きて行くための道しるべとなっているのではないでしょうか。

 さて、現代に伝わる地獄絵図は、平安時代の恵心(えしん)僧都(そうず)「源信(げんしん)」というお坊さんが、比叡山の横川(よかわ)というところで著された『往生要集(おうじょうようしゅう)』に由来します。この本は「念仏を唱えさえすれば誰でも極楽に行くことができる。」という日本浄土教の基礎になりました。源信和尚は『地獄を直視してご覧なさい。地獄は決して空想の世界ではなく、実は現実を映してもいるのです。地獄に堕ちるような悪い行いをしてしまった人も心から懴悔(さんげ)して、仏を念じて正しい道を進む努力をすれば、仏さまは慈悲の心で必ず救って下さいますよ。』と教えています。

 みなさまも、ご先祖さまの精霊(しょうりょう)がお家に帰られるお盆などに、そのような思いで「地獄絵図」を、改めて見つめる機会を作られてみてはいかがでしょう。


(文・栃木教区 淨土院 今井 昌英)
掲載日:2016年09月01日

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