天台宗について

The TENDAI Journal~天台ジャーナル~

天台ジャーナル 第211号

平安時代の古儀が今よみがえる
北野御霊会を再興

 森川宏映天台座主猊下は9月4日、京都市上京区の北野天満宮(橘重十九宮司)において応仁の乱後に途絶え550年ぶりに復興された北野御霊会(きたのごりょうえ)に出座された。比叡山延暦寺一山僧侶による法華経を講説する「山門八講」が営まれ、森川座主猊下が神前に祭文を奉じ、世界の平安と新型コロナウイルスの早期収束を願い玉串を奉奠(ほうてん)された。

 北野御霊会は、永延元年(987)に一條天皇により始められた勅祭北野祭期間中の神事の一つであり、菅原道真公(菅公)の御神霊を慰め、世の平安を祈願したとされる。「山門八講」も北野祭の際に営まれていた。しかし応仁の乱によって断絶し、元治元年(1864)には復興が試みられたものの延暦寺僧侶による「山門八講」は実現しなかった。
  
 ただ中世以降も、50年に一度の式年大祭・萬燈祭で延暦寺から僧侶を迎えて法要を営んできた記録が文献等で残されており、交流は続いていたという。また、明治の神仏分離令まで同宮は曼殊院門跡が別当職を務めており、延暦寺とは深い縁で結ばれていた。
 今回は、25年ごとに営まれる菅公一千百二十五年半萬燈祭を7年後に控え、新型コロナウイルス感染症や天災の脅威にさらされている現状への憂慮から、神仏習合で世界の平安を祈願すべく、実に550年ぶりに復興させた。

 法要は午前10時から始まり、七条袈裟を纏(まと)った延暦寺僧侶らが本殿まで向かい、曼殊院門跡の藤光賢門主と橘宮司ら神職が三光門で出迎え、合流してから共に参進した。
 八講壇が設けられた本殿では、橘宮司の祝詞奏上に続いて、森川座主猊下が祭文を奉じられ、玉串を奉奠された。

 そして8名の僧侶らが講経論議を祭神に奉納した。
 法要後、橘宮司は「明治以降途絶えていた神仏習合の祈りの復興は私の人生で最高の感動だった」と述べた。

 また水尾寂芳延暦寺執行は「明治以来の神仏習合の祈りが復興できたことは北野天満宮様の熱い思いがあってこそ。ご縁を賜り有り難く勤めさせていただいた。今後も続けていければありがたい」と話した。

素晴らしき言葉たち -Wonderful Words-

負けないで 泣かないで 消えてしまいそうな時は
自分の声を信じ歩けばいいの
大人の僕も傷ついて眠れない夜はあるけど
苦くて甘い今を生きている

アンジェラ・アキ (シンガーソングライター)

 今回掲げた言葉は、学生合唱コンクールの課題曲としても有名な『手紙』の歌詞の一部です。15歳の僕と未来の僕との手紙のやり取りが表現されています。「誰にも話せない悩みの種」を抱える15歳の僕は、唯一素直に言えるであろう未来の自分に思いの丈をぶつけます。

 「負けそうで 泣きそうで 消えてしまいそうな僕は誰の言葉を信じ歩けばいいの?」
 「ひとつしかないこの胸が何度もばらばらに割れて 苦しい中で今を生きている」と。

 異例続きの日々が日常となりつつある今日、学生達が輝ける場所は少なくなりました。青春時代のすべてをつぎ込んででもやり通したいと思った目標、夢に挑む機会を与えられないまま、次のステップへ歩み出さなければなりません。その心痛は筆舌に尽くしがたいものだと思います。

 しかし、大人になったからといってその痛みから開放されることはありません。15歳も60歳も問題に直面します。迷います。傷つかない人間なんていません。今歩いている道が正しいのか、それ以前に進む道が定まらないことだって当たり前のようにあるでしょう。

 「自燈明(じとうみょう) 法燈明(ほうとうみょう)」というお釈迦様の言葉があります。困難に陥ったとき、進むべき方向を見定めかねたときはよく鍛えられた自分を頼りに、仏法を頼りにしなさいという教えです。先行きを憂える弟子に対して、お釈迦様が最期に伝えた言葉だと言われています。

 人生という道は、離合不可能な一方通行です。もちろん整えられた平坦なものでもありません。行く先を照らし歩むのは自分自身しかいないのです。
 まずは過去でも未来でもない、今の自分に「自分の声を信じ歩けばいいの」と伝えてください。

 「拝啓 この手紙読んでいるあなたが 幸せなことを願います」

鬼手仏心

コロナ禍の子どもたち

 わが寺の幼稚園も、この9月に認定こども園の開設となり、新たに子どもたちを受け入れることになりました。そのため、日夜対応に追われています。

 さて、人間の歴史を振り返ってみますと、連綿と続く人間同士のつながりが見えてきます。生きるためには集団行動が不可欠でした。常に手を取り合って生きてきたのです。子どもたちも、生まれてほど遠くない時期から、他人と交わり、皆で行動することの大切さを学んでいきます。そこには、肌と肌が触れあうような密接な関係が不可欠なのです。そして、長じた時に属する社会生活において必要なことを、そこで身につけていきます。

 ところが、今回の新型コロナウイルスの感染拡大により、幼稚園の日常でも、子どもたちの集団行動が著しく損なわれ、どう対処するか、先生や施設の運営を担う人たちの頭を悩ませています。
 ソーシャルディスタンスで人と人の間を空けないとならなかったり、多人数での行動ができなかったりと、まったく戸惑う異常事態です。

 他人との密接な触れあいの大切さを、子どもたちがあまり知らずに成長するとしたら、一体、どんな大人に育つのか心配になります。
 このコロナ禍は、いつ収束するか分かりません。私たち子どもを預かる者としては、現在、良しとされる対応策に従って、手探りで子どもたちの生活を導いていかねばなりません。
 密となって遊ぶ子どもたちの大きな歓声が運動場に響き、屈託のない笑い顔がそこかしこに見られる光景が懐かしくなります。

 この状況が早く収まり、また再び密なる生活が戻ってくることを願ってやみません。

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