
日々の生活する中での供養と言いますと、仏壇をお祀りしている家では、朝仏壇に炊き立てご飯とお茶を供えて線香を立てて手を合わす。夕にも線香を立てて手を合わす。そして花とお供え物を絶やさぬようにすることだと思います。そんな日々の供養を朝夕毎日することが難しく、することにストレスを感じたり、負担に思う人も多いのではないでしょうか。そういう気持ちでする供養は、ほんとうの供養にはならないのではないかと思います。大切なのは、日々の生活のなかで無理することなくできる供養でないと、毎日ずっと続けることはできないのではないでしょうか。そういう供養こそが、供養する人にも供養される先祖(故人)にとってもいい供養になるのでないでしょうか。
私のすすめる供養は、先祖(故人)に対して、皆様がそれぞれ色々な想い出を持たれているはずです。楽しい思い出、悲しい思い出、怒られた思い出など個々にいろいろな思い出を持たれているはずです。その思い出を大切にし、忘れないように各々の心の中で生かし続けていただきたいと思います。そして色々な処で先祖(故人)の話をして、先祖(故人)に話しかけて頂きたいと思います。この供養であれば、まだ仏壇を祀っていない分家の方、都会に出て結婚して暮らしている子供さんたち、独身で一人暮らししている会社員の方、学生の方にも無理なくできる供養ではないでしょうか。そのことを表している言葉がありますので、ここでご紹介させて頂きます。その言葉は、一休さんで皆様よくご存知の一休禅師の言葉です。
『死にはせぬ どこにもいかぬ ここにいる
たずねはするな ものはいわぬぞ』
という言葉でございます。常に自分の心の中で、絶対に先祖(故人)のことを忘れず、自分の中で一緒に生かし続けてあげることは、先祖(故人)対していろいろな思い出を持たれている皆様一人ひとりにしかできない素晴らしい供養だと思います。どうぞ皆様一人ひとり今日から心の中での供養をしていきましょう。
(文・岡山教区 自性院 掛島 行範)