寒かった陽射しが暖かくなった昼下がり、お寺の裏庭で鶏のチャボが小さな子供達を連れてエサをついばんでいます。子供に向いたエサがある時は「コッコッ・・・」と泣いて子供を呼びます。まだ食べる事の無理なエサは母親が口先で砕いて食べ易くして、子供のヒナに食べさせます。
その内、お寺で飼っている黒い猫がヒナを狙って顔を出すと、「クックッ・・・」と鳴いて、無心に遊んでいる子供を呼び寄せて、そして自分の羽を拡げてその下に入れます。親の羽の下に入った子供達は、じっとして動きません。しばらくして猫が去っていくと、親鳥は羽の下の子供を出して、また遊ばせます。親鳥のこうした子供を想う情愛をみていると、人間の心の奥に潜む恐ろしい心に憂いを感じます。
先刻来より世間を騒がせている「心愛ちゃん」の事件です。心愛ちゃんは父親の「しつけ」と称して行った数々の虐待によって、十歳で尊い命を落としました。母親はそれを見ていて止めもせずにいました。新聞やテレビで心愛ちゃんの悲痛な声を聴くと、可哀そうでいたたまれなくなり、心が張り裂けそうになりました。子供を想うチャボと比べて、なんとひどく無慈悲なことでしょうか。
人間の心は環境や境遇によって、時には冷たく悪魔のようにもなりますが、必ず慈しみの心もあります。天台宗の宗祖である伝教大師は、亡くなられる前に弟子達に御遺誡で
「我れ生まれて自(よ)り以来(このかた)、口に麤言(そごん)無く、手に笞罰(ちばつ)せず、今我が同法、童子を打たずんば、我が為に大恩なり、努力(つと)めよ、努力(つと)めよ」
と述べられています。子供は未来の宝です。育児には苦労もありますが、虐待は決して許される事ではありません。努力めて努力めて、仏様のような慈悲あふれる親でありたいものです。
(文・九州東教区 臨濟寺 秦 順照)