天台宗について

天台宗とは

伝教大師像

 天台宗は、約1400年前に中国の天台山で教えを説いた天台大師智顗(ちぎ)の教学と修行を、平安時代のはじめに伝教大師最澄(さいちょう)が比叡山に伝えた、中国・日本を通じての代表的な大乗仏教の宗派です。天台法華宗、日本天台宗などともいわれます。
 釈尊(しゃくそん)の教えの理解に努め、その実践的な生き方を範として、インド・中国・日本にいたる膨大な教学研究と修行法を積み重ねた、さまざまな教え(円教・密教・禅・戒・念仏など)を含む総合仏教といえます。

 釈尊の教えは深く思索され信仰の対象となり、数え切れないほどの経典や論書が作られ、東南アジアの国々や中央アジア・中国へと伝わります。その多種多様さゆえ、教えの内容や順序の理解が必要とされ、五~六世紀にかけて多くの学僧が自説を提唱しました。
 このとき、さまざまな教えを含みつつ、その順序内容を巧みに説くことに優れた『妙法蓮華経(法華経)』を中心に、経典群を体系的に整理して釈尊の教えと実践との双方を追求し、他に類をみない網羅的な仏教体系を編み出したのが天台大師智顗です。
 その後、渡来僧が日本にもたらした天台の典籍に触れ、比叡山に入って修行、桓武天皇の信任厚く、入唐して多くの典籍や密教を将来した伝教大師最澄が、日本の天台宗を開創しました。毎年2名の年分度者を勅許された806年をもって、天台宗の立教開宗の年としています。

仏教とは

 仏教とは、およそ紀元前五~四世紀にインドで釈尊(お釈迦さま、ゴータマ・シッダールタ、仏陀)が説かれた教えと、その実践をいいます。仏法、仏道などとも呼ばれます。その中心は、大きく「智慧と慈悲」に集約されるでしょう。
 この世は苦であると喝破し、悟りを開かれた釈尊は、説法と修行の旅を続けながら相手に応じたことばで語りかけたため、その教えは多岐にわたります。釈尊が入滅された後も、その教えが受け継がれ発展してさまざまな仏典が整理され、ひと言では表せない多くの教えが含まれることになりました。
 釈尊は人間として生まれてきたことを尊んで、より自覚的に生きることを説きました。「七仏通戒偈(しちぶつつうかいげ)」として知られる次の句が、最も分かりやすい教えの一つでしょう。

諸悪莫作 諸善奉行
自浄其意 是諸仏教
<意訳>
すべての悪を作(な)すなかれ 善きこと はげみ行いて
自ら心を浄(きよ)くせよ これ みほとけの教えなり

 悪事をはたらかず善行につとめ、自らの心をととのえていくこと。心掛けとしては平易ですが、その実践は容易ではありません。だからこそ、釈尊の智慧に基づいた教えが必要となるのです。
 釈尊は、智慧を身につけることを説きました。人間が本来的に持っている欲にとらわれず、正しい智慧でこの世を苦であるととらえ、そこから脱して楽になる教えといえるでしょう。
 また釈尊は、慈悲をもって人々に語りかけました。慈悲の精神は、現代に至るまで多様に発展した仏教に通底した、大切な要素と考えられます。さまざまな説明ができるでしょうが、簡潔にまとめれば、慈とは「他者に友情を抱くこと」であり、悲とは「他者の苦に同情すること」とされ、まさに宗祖伝教大師のことば「己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり」につながります。
 中国の祖師である天台大師智顗は、天台宗における「高祖(こうそ)」と仰がれます。日本において伝教大師最澄は「宗祖(しゅうそ)」として尊ばれます。お二人を始めとした先達の方々が、釈尊の教えを正しく理解し広めることにつとめた結果として、日本には、今に至るまで法灯を伝える天台宗があるのです。

天台宗の宗要

 天台の教えの宗要は、『法華経』の教えを「一仏乗の因果」と理解し(教門)、それを実践し修行する(観門)ことにあります。
 教門とは、教えを理解することを指します。『法華経』を、釈尊の一生涯をかけての教えを余すことなく説いた教典であり、あらゆる仏教を理解するための教えと位置づけます。このことを「一仏乗の因果」と呼び、他の経典も含めて釈尊の教えの全てを、素直に理解していくことを目指します。
 観門とは、『法華経』によって理解された教えを自分のこととして体得し実践することを目指します。止観(しかん)と呼ばれる修行法を中心に、その応用とも考えられるさまざまな修行が伝わります。
 教門と観門とは、等しく必要なことであり、鳥の両翼や車の両輪のように例えられ、どちらが欠けてもいけないとされます。教門は、仏教の全体像や教えの位置づけを知るのに必要で、観門は、自分自身が仏教にかかわり、教えを心に練りつけて実践するための指針となるのです。

 伝教大師最澄は、修業時代に師の行表から「心を一乗に帰すべし」という教えを受けました。一乗とは、あらゆる人々が等しく仏になることができるという教えです。これを一生涯のテーマとした最澄のよりどころは、先の天台大師の教えでした。あらゆる人々が成仏できること・私たちそれぞれの性質に合わせてさまざまな教えが説かれ、一つとして無駄なものはないこと・自分自身が仏であることに気付き、他者のために尽くすこと。天台大師智顗、伝教大師最澄の教えから、これらのことが導かれ、今の天台宗があるのです。

延暦寺 根本中堂

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