天台宗について

The TENDAI Journal~天台ジャーナル~

天台ジャーナル 第281号

比叡山宗教サミット39周年
「世界平和祈りの集い」8月4日に開催

 宗教や宗派の垣根を越えて対話と祈りを交わし、世界平和に献身する比叡山宗教サミット39周年「世界平和祈りの集い」が8月4日午後1時から、比叡山延暦寺(大津市)で開催される。
 
 国内外から約4百人の宗教者が出席する予定で、来年の40周年という節目を前に、初回からの歩みを振り返る機会とする。

 同サミットは、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の提唱によりイタリア・アッシジで開かれた「世界平和の祈り集会」の精神を引き継ぎ、昭和62年(1987)に始まった。以来、毎年宗教者が比叡山に集い、世界の恒久平和実現に向けた共働の確認と、平和への祈りを捧げている。

 これまでも5年、10年の節目には記念大会を開いており、令和9年には40周年を迎える。35周年以降は、サミットの精神を次世代に継承する取り組みとして、第1回で採択された「比叡山メッセージ」を若手宗教者に朗読してもらうなど、その参加を積極的に促してきた。

 その集大成となる今年は、平和の式典において世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会の杉谷義純会長が「平和は祈りと対話を続ける勇気が支える」と題して講演する。

 草創期からサミットを支えてきた杉谷師の講演を通じ、初回の集いの開催経緯や精神への理解を深め、来年の40周年に向けて参加者の心を一つにする試みとして注目される。また、参加者への記念品代に代わる制作費相当の浄財は、会場の同意を得て日本ユニセフ協会に寄託される予定。

 続いて、屋外の一隅を照らす会館前にある祈りの広場では、午後3時20分から比叡山メッセージを朗読する。その後、平和の鐘の鐘打に合わせて参加者全員で黙祷を捧げるほか、海外からの平和メッセージも披露される。

 なお、式典の模様はインターネットでライブ配信される予定。

素晴らしき言葉たち -Wonderful Words-

秋来ぬと目にはさやかに見えねども
風の音にぞ驚かれぬる

藤原敏行

――秋が来たと目にははっきりと見えないが、風の音によってハッと気づかされた。

 和歌の名手が名を連ねる「三十六歌仙」のひとりである藤原敏行の和歌です。

 和歌だけではなく書家としても有名で、『今昔物語』や『宇治拾遺物語』に逸話が綴られています。

 目に見える季節の変化で一番に思い浮かぶのは植物の様子かと思います。特に紅葉は秋を感じる大きな要素でしょう。この和歌の詞書(前書き)には「秋立つ日詠める」と記されています。立秋は8月上旬ですから、この時期に秋を感じる風が吹いていたというから驚きです。

 最高気温が40度を超える日を指す「酷暑日」が使われるようになり、35度を超える猛暑日が夏の当たり前になっている現代では、立秋を迎えても秋を感じる要素はどこにもないように思えます。平安時代の立秋はそんなに涼しかったのでしょうか。そうだとしたら羨ましい限りですが、そうでもないようです。

 地球の気候は冷感期と温暖期を定期的に繰り返しています。

 そして、平安時代が含まれる800年から1 300年までは中世温暖期という比較的気温が高かった時期とされ、現代に匹敵するほどの暑さだったと言われています。

 「いかにせん夏はくるしきものなれや衣かへても暑さまされば」(どうしたらいいのだろうか。夏は苦しいもので衣替えしても暑さが増す)という和歌が、この時代の暑さを代弁しています。

 現状が芳しくないと、つい「昔は良かった」と言いがちですが、先人たちも現代の私達と同じように苦労し、今ほど様々な技術が発展していない中でも乗り越えてきたと考えると感服します。
 とても真似できることではないので、現代を生きる私たちはエアコンなど暑さ対策を万全にして乗り越えましょう。

 しかし、猛暑の中でも季節の機微を感じ取る研ぎ澄まされたセンスは、現代人が磨くべき感性なのかもしれません。

鬼手仏心

絵本『ぼくたちは、 あらそうために生きるのか?』

 ゴリラ研究の第一人者である世界的霊長類学者の山極寿一さんが文を手がけ、元旭山動物園飼育員の絵本作家・あべ弘士さんが生命力あふれる絵を描いた絵本(偕成社)が6月に刊行され話題を呼んでいます。

 人類の進化の歴史やゴリラの生態というユニークな科学的視点から、私たちが現代の戦争や分断を乗り越えるための示唆を与えてくれる一冊です。

 約700万年前、ゴリラやチンパンジーと共通の祖先を持つ「ヒト」は、地上に下りて二足歩行を始めます。鋭い牙も爪もないヒトが猛獣などの脅威から逃れ、生き延びるには、互いに助け合う必要がありました。
 そのためヒトは相手の気持ちを思いやる、共感の気持ちを育てながら進化してきたと説明されています。そして、進化の過程でお互いを思いやって食べ物を分け合って協力する力を深めることで、過酷な自然界を生き抜いてきました。

 また、ヒトの目に「白目」があるのは、言葉を持たない時代から「自分がどこを見ているか」、「何を考えているか」を仲間に伝え気持ちを分かち合うために発達した大切な本能であり、人間が共感を育む上で重要な役割を果たしてきました。

 さらに、ゴリラの群れでは小競り合いが起きても、周りのゴリラが間に入って「引き分け」にすると言います。どちらか一方が勝って支配するのではなく、お互いの存在を認め合うことの大切さを私たちに教えてくれているようです。

 この勝ち負けをつけない「引き分け」の精神は、自分のエゴにこだわらない、まさに「己を忘れて他を利する」姿そのものでしょう。
 
 相手を打ち負かして恨みを残すのではなく、群れ全体の調和を優先するゴリラの知恵は、宗祖伝教大師最澄様の教えである「一隅を照らす」生き方に通じているのではないでしょうか。

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