天台宗について

The TENDAI Journal~天台ジャーナル~

天台ジャーナル 第280号

発足60周年に向け研修会始動

運動理念や歴史を再認識し更なる展開を

一隅を照らす運動総本部

 天台宗が展開する社会啓発運動である『一隅を照らす運動』が令和11年に60周年を迎える。

 一隅を照らす運動総本部では、住職(支部長)から檀信徒(会員)に至るまで広く運動の精神や意義などの再認識を図る『一隅を照らす運動研修会』を令和8年度に始める。

 5月27日には、講師を務める各教区本部事務局長や代表者(講師候補者)を対象にした研修会が天台宗務庁を会場にオンライン併用で開かれ、24名が参加した。

 一隅を照らす運動は、宗祖伝教大師が願われた国宝的人材の養成、仏国土の建設を現代社会に引き継ごうと昭和44年(1969)に発足した。

 当時は高度経済成長期のなか、信仰と実践によって一人ひとりが心豊かな人間になり、平和で明るい世の中を共に築いていこうと社会に呼びかけられた。

 その活動目標として「生命」「奉仕」「共生」を実践3つの柱として定め、普段の生活に密着して活かすことができるよう提唱している。

 天台宗務庁に置かれる総本部、30教区に置かれる各教区本部、そしておよそ全国30 00カ寺ある寺院教会が支部である。

 総本部では、世界平和、人道支援、海外教育支援、地球環境保全への協力、自然災害に対する救援、公開講座や研修会が催されている。
 
 また教区本部では、推進大会が開かれるなど、様々な活動を行っている。各支部においても、支部独自の会が組織され、支部長(住職)を中心に一隅を照らす運動の精神を体した活動が展開されてきた。

 一隅を照らす運動総本部では、昨年から企画運営委員会で3年後に迎える60周年を見据えた取り組みについて検討を開始。半世紀以上にわたる 活動や各支部、支部長らの実績を踏まえ、運動が未来永劫継続していけるよう願い、テーマを「希望の光を未来へ紡ぐ」に選定した。

 これまで運動自体の理念や意義などが語られる機会が多くなかった。それを踏まえ、令和11年までに運動発足の経緯や理念を再確認する研修会を開催し周知することを決めた。

 この研修会では、各支部(寺院教会)において支部長(住職)が会員である檀信徒に向けて講義することを目指している。

 今回開かれた研修会は、その支部長らへの指導役として講師を担う各教区本部事務局長や講師候補者らが対象で、企画運営委員会の雲井雄善委員長が実際の資料を用い模擬講義が行われた。資料は、運動の理念や歴史、組織図や活動例などがまとめられており、スライド形式でも説明が可能となっている。

 全国の各教区本部と各支部に研修会開催を周知したところ反響は大きく、今秋にも研修会を開催する教区本部や支部もあり、更なる展開が期待される。

 研修会冒頭で挨拶した一隅を照らす運動の荒樋勝善総本部長は「運動の理念を知り、活動するには、運動発足の意義や経緯の理解を深めることが大切だと考えた。

 それには教区本部の事務局長様に理解していただいた上で、各支部に伝えてもらうことが重要である。伝教大師のみ教えを社会に具現し仏国土を築いていくとの目的を成就するためにも是非ご協力を」と理解を求めた。

素晴らしき言葉たち -Wonderful Words-

あなたの心をもっといいのにとりかえなくちゃ、
いくらいい鉛筆を買ってもだめです

夢野久作『鉛筆のシン』

 日本三大奇書のひとつ『ドグラ・マグラ』などの作品を遺した夢野久作は兵役、出家、農園経営、新聞記者など作風もさることながら経歴も異色であることで知られています。この『鉛筆のシン』は九州日報(現・西日本新聞)の掲載記事のひとつです。

 子供が鉛筆を削っているとあまり無茶に削るので何べんでもシンが折れました。
 「このナイフがわるいのだ」 と子供は言ってナイフを磨いでコシコシ削りましたが、やっぱりポチポチと黒いシンが折れます。
 「この鉛筆がわるいのだ」 と子供はカンシャクを起して鉛筆を折ってしまいました。
 「もっといい鉛筆でなくちゃ駄目だ」 鉛筆は折られながら言いました。

そして、今回掲げた言葉へと繋がっていきます。
 
 乗ろうとした電車が来なかったり、欲しいものが売り切れていたり、仕事が滞ったりと自分だけではどうにもならないトラブルに見舞われ、苦しむ事が数え切れないほどあることでしょう。そういう時、この子どものように自分以外の要因を恨んでしまうのもつい、やってしまいがちです。

 仏教では、苦しみの原因は煩悩があるからだとされています。過度に求めたり執着する「貪(とん)」、怒り憎む「瞋(じん)」、不平不満を口に出してしまう「癡(ち)」の3種類に分けられ、あわせて「三毒」と呼ばれています。これらの煩悩を持っているから視野が狭まり、執着し、煩悩を持っていることすら自覚せず苦しみから抜け出せずにいるのです。

 『鉛筆のシン』の子どもに当てはめてみると、ナイフや鉛筆が悪いと不満を言っていますから「癡」、さらに鉛筆を折るほど怒っていますから「瞋」が当てはまるでしょうか。そして鉛筆に自身の心を見つめ直せと「観心」を勧めらているように思えます。

 心を落ち着け内なる自身と向き合い、煩悩を理解しないと、いつまでたっても鉛筆に当たり散らす子どものままで止まってしまうのでしょう。

鬼手仏心

「中東情勢に思う」

 中東情勢悪化による原油高の影響が、私たちの生活のあらゆる面で顕著に表れています。

 今回の事態を受けて、燃料としての依存以外にも、食品や包装、衣料、塗料やインク、建材等々、なんと石油由来の製品が多いことか。医療用品に至っては、生命にかかわっていることに改めて気づかされました。

 先月、イランとアメリカにより60日間にわたる和平交渉がはじまりましたが、行く先は不透明です。

 かつての「湾岸戦争」が思い出されます。若い方はご存じないかと思いますが、平成2年(1990)8月2日、イラクによるクウェート侵攻により勃発した戦争です。クウェート軍に加勢したアメリカ主導の多国籍軍とイラク軍の間で戦闘が繰り広げられ、東西冷戦終結の雪解けムードに衝撃を与えるものでした。

 時あたかも天台宗では、世界の宗教代表者が世界平和への対話を深めるため、比叡山宗教サミット3周年行事としてイスラム教の代表者を初めて招き「ムルタカ比叡山会議」を開催中のことでした。

 この席上、即座に戦争反対と即時停戦の声明文を当事国と国連に打電。また、比叡山上から戦争の終結と世界の恒久平和が祈られました。

 一隅を照らす運動総本部でも、戦争による難民救済のために地球救援募金事務局を開設して全国に募金を呼びかけました。
 
 また、これを機に募金事業を継続的に展開し、世界児童福祉を目的とするユニセフ等への協力や国内外の災害救援、アジア各国の医療・教育支援などを展開する機会となったのです。

 中東情勢の安定と世界平和、そして地球に優しい生き方が願われます。

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