天台宗について

The TENDAI Journal~天台ジャーナル~

天台ジャーナル 第279号

改選後、初宗議会を開催

正副議長に松景崇誓、鈴木常元の両議員

天台宗宗議会

 宗議会議員選挙後、初の第161回臨時宗議会が5月12日、天台宗務庁に招集され議長に松景崇誓師、副議長に鈴木常元師の両議員が選出された。

 改選後の初議会にあたり、細野舜海宗務総長は「宗務運営の両輪として、よりよき天台宗の発展のために支援と協力を」と語り、自身の施策を述べた。

 正副議長選は、推薦の結果、議長に道興会の松景崇誓議員、副議長に新成会の鈴木常元議員がそれぞれ選出された。

 松景議長は「円滑な議会運営に一意専心し職務に邁進したい」と決意を新たにした。また鈴木副議長は「議会の秩序を守っていけるよう務めたい」と抱負を述べた。

 その後、藤光賢天台座主猊下からの辞令が親授された。

 開会式では、堀澤祖門探題大僧正の導師で法楽が奉修された。

 堀澤探題大僧正は、藤天台座主猊下のお言葉を代読され「戦闘が続いており、それを起因として世界経済も停滞するなど、人びとの生活不安は増している。このような時にこそ、われわれ宗徒は宗祖伝教大師の御誓願である仏国土の建設に邁進し人類救済の聖業に努めなければならない。

 宗祖のみ教えを顕現した一隅を照らす運動のさらなる展開と比叡山宗教サミット『世界平和祈りの集い』などの行事を通じて諸問題解決へ宗教者の叡智を結集し、心が通い合う対話を重ね、共に平和への祈りを捧げてまいりたい」と述べられた。

 続いて細野宗務総長が挨拶し施策を述べた。機構検討については、「宗祖伝教大師のみ心を具現する組織としてのあり方を問い直す」と位置づけ、3部会に分けて協議したことを報告。「近々、当局の思いを諮問の形にしたい」と語った。

 また来年度に迎える比叡山宗教サミット40周年記念「世界宗教者平和の祈りの集い」に向け、本年9月8日に主催者団体となる「日本宗教代表者会議」の発会を予定していることを明らかにした。

 令和11年に運動発足60周年を控える一隅を照らす運動は、今年度から一隅を照らす運動研修会を実施することが報告された。

 一隅を照らす精神を周知し、運動発足の意義を再確認する機会を設け「本運動がより一層活発になるよう努めたい」と話した。

 また獅子王圓明延暦寺執行からも挨拶があり、総本山の現況が伝えられた。


【松景崇誓議長】
京都教区護浄院住職。大僧正。72歳。宗議会議員3期。平成22年から令和4年まで天台宗人権啓発委員会委員。平成26年から日中友好天台宗協会参与、天台宗国際平和宗教協力協会参与。叡山学院運営協議委員会委員などを歴任。

【鈴木常元副議長】
栃木教区實教院住職。権大僧正。69歳。宗議会議員2期。令和2年から4年まで天台宗教学振興事業団理事。平成30年から日中友好天台宗協会参与、天台宗国際平和宗教協力協会参与。天台宗総合研究センター理事などを歴任。

素晴らしき言葉たち -Wonderful Words-

どんなに恐ろしい武器を持っても、
たくさんのかわいそうなロボットを操っても、
土から離れては生きられないのよ

(『天空の城ラピュタ』より)

 最近は社会に不安を強く感じる日々です。いつまでも終わることのない戦争や緊迫する中東情勢、それらが私たちの暮らしに「止まらない物価高」として直接影響を及ぼしています。

 かつての当たり前が崩れていく中で、多くの人が「これからどうなってしまうのだろう」といった、漠然(ばくぜん)とした、しかし切実な不安を抱えています。

 ふと先日思い立って、40年前に公開された宮﨑駿監督のアニメーション映画『天空の城ラピュタ』を見返しました。主人公の少女シータは、強大な武力と技術を誇ったラピュタがなぜ滅びたかを説きます。この冒頭の言葉が、まるで現在を予見していたかのように感じ驚きを禁じえませんでした。

 今の世の中を見渡せば、石油の供給や国際情勢という大きなうねりに翻弄(ほんろう)され、足下を見失いがちです。数字や情報といった実体のないものに振り回され過ぎているのかもしれません。

 しかしどれほどエネルギー価格が上がろうとも、どれほど武器が高度化しようとも、私たちがいただく米の一粒一粒、野菜の葉の一枚一枚が、土の栄養と誰かの手によって育まれている事実は変わりません。不安が募(つの)る今こそ、私たちは一度、その足下を見つめ直す必要があります。

 経済の指標や遠い異国の争いに心をすり減らすだけでなく、身近な土の匂いを嗅(か)ぎ、手触りのある暮らしを慈しむこと、効率や支配を求める論理ではなく、慈悲の心を持って「今、ここにある命」を大切にすることが必要なのではないでしょうか。

 仏教の教えには「知足(ちそく)」という言葉があります。自分が今持っているもので満足し、感謝することの大切さを意味しています。そんな謙虚(けんきょ)な生き方の中にこそ、どんな武器も奪うことのできない本当の強さが宿っているように思えます。

鬼手仏心

「お蔭さま!」

「生きて生かされお蔭さま。生きる喜び、生かされる有難さ」。

 法話でこう話すことがあります。ある年忌回向後、施主縁者の中年女性が話かけてきました。

 「私も感謝の心を大切にしています。そして、こう考えます。私のDNAの半分はご先祖さま、あとの半分は私自身。ですから、日々ご先祖さまに半分祈り、半分は自身の努力と心がけています」と。

 その時、ふと第253世天台座主山田惠諦猊下の「人生成功の秘訣は何だと思われるか?」、「一つに自身の努力。二つに周囲の協力。三つに神仏のご加護。この三つに他なりません」との、お問いかけが思い浮かびました。

 今から46年前、九州延岡の自坊伽藍落慶法要にご親修の折、慈眼溢れる眼差しで檀信徒へ説諭いただきました。爾来、私の生涯不変のみ教えとなっております。とりわけ、「努力」は意味深長で、仏教的には何をもって最良とするのか自問させられます。

 そこには、自ずと天台宗の基本とする「止観」のお行が見えてきます。いわゆる「自己を見つめる」努力です。
 
 自坊では30年以上前から毎月「早朝坐禅止観・朝粥会」、「写経会」、そして春秋年2回の「四国八十八カ所巡り」を開催しております。ここには継続の有難さがあります。もちろん自慢ではありません。参加者がおられ、寺族の協力があって、なにより神仏の限りないご加護あってのことです

 未熟ゆえに、時には独りよがりになって周囲を戸惑わせることもありますが、だからこそこれらのお行を通じて「生かされている有り難さに気づく」ことがわたしの生涯には不可欠であるようです。

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