天台宗について

The TENDAI Journal~天台ジャーナル~

天台ジャーナル 第223号

「最澄と比叡山『戒壇院と法華総持院東塔』」開催中

 宗祖伝教大師一千二百年大遠忌を記念した「最澄と比叡山『戒壇院と法華総持院東塔』特別拝観」が12月12日まで、比叡山延暦寺で開かれている。大乗仏教を世に弘め、国を護り人びとの安寧を祈る社会を目指された伝教大師の願いが込められた両堂が拝観できる貴重な期間となる。開闢の9月12日、阿部昌宏天台宗宗務総長を導師に法要が奉修され、伝教大師に報恩が捧げられた。

 戒壇院が827年に創建以来、特別拝観は初めて。現在の建物は延宝6年(1678)に建立され、内部中央に釈迦牟尼仏、左右に文殊菩薩と弥勒菩薩が対面するように安置されている。天台宗僧侶が正式な僧侶となるための儀式「授戒」が行われる道場で、天台宗僧侶でも生涯に一度しか入堂できない。純粋な大乗仏教を世に弘めるために、その担い手を比叡山内で育てあげようとした伝教大師の悲願が具現された堂宇でもある。入滅された5年後に建立され、多くの祖師方らも、仏道への帰依を誓った。

 一方、法華総持院東塔は、伝教大師が国と人びとの平安を経典の力で守るため全国六カ所に建立した「六所宝塔」の総塔。「法華」は釈迦の教え、「総持」は密教の教えを指し、伝教大師の円密一致の教えが現されている。

 永く途絶えていたが、昭和55年(1980)に鎌倉時代の絵図を手がかりに再建。堂内の須弥壇には大日如来を中心に胎蔵界五仏が祀られており、須弥壇裏には金剛界五仏の壁画がある。

 開闢法要は午後2時から法華総持院東塔で始まり、天台宗と延暦寺の両内局員出仕で、祖師先徳鑽仰大法会事務局長の阿部宗務総長の導師で厳修。法要後は祖師先徳鑽仰大法会事務局奉行の水尾寂芳延暦寺執行が、出席した関係者らに堂内について解説した。
 続いて、戒壇院に移動し、法楽が営まれ、特別拝観期間中の安全や世界平和、コロナの早期収束が祈念された。

 今回の特別拝観に併せて、JR京都駅西口広場と京阪京橋駅3階片町口の2カ所で、「『最澄と比叡山』パネル展」が9月13日から行われ、大遠忌や特別拝観の魅力をPRした。

 伝教大師が遺された人づくりの志しや教え、6月4日の御祥当法要の模様などを15枚の写真パネルを通して伝えた。
 期間は京阪京橋駅は10月3日まで。JR京都駅は終了。

※写真は開闢法要戒壇院内

素晴らしき言葉たち -Wonderful Words-

だから、メガネを外している時間が、
僕はとても好きだ。

『物理学者のすごい思考法』橋本 幸士

 物理学とはなんですか、と聞いたときに答えを持っている人はとても少ないでしょう。「難しそうだし、なにがなにやらさっぱりわからない」「学生時代に苦手だったので…」という人の方が多そうです。かくいう私もですが。

 物理学は、存在する物質を構成する最も小さい単位である素粒子のことから、私たちが知りえる限り最も広大である宇宙のことまでをも研究対象とします。あまりの壮大さに頭がくらくらしてきそうです。

 そんな物理学者である橋本さんは物理学を「現象が生じる原因を見つけ、問題が起こる仕組みを論理的に考え、そして問題のないシステムを考案する学問」だと言っています。

 そして、日常生活の中でも対象を見つけては、物理学者独特の視点で物事を考えていきます。たとえば、関東と関西で左右が違うエスカレーターの乗り方だったり、おいしいたこ焼きの半径の上限についてであったり。著書である『物理学者のすごい思考法』を読んでいると、橋本さんの頭の中は日常でも論理的な解を求めて、せわしなく動いているかのようです。

 そんな橋本さんが思考にふける場合は、自身の近眼を活用されているようです。目から入ってくる情報は恐ろしく繊細で大量であるが、その中の不要な情報をシャットアウトしたい時、メガネを外せばよい。そうすることで落ち着いて思考の世界に入っていくことができる、と。(もちろんこれは、家の中や、物などにぶつかる心配のない安全な場所で、という条件ではありますが。)

 現在の私たちは一日の大半をテレビやパソコン、スマホに目を向けがちです。それらから大量な情報が私たちの頭に流れ込み、刺激を受けています。だからこそ、敢えて手放し、ただぼんやりと自分の考えをめぐらすことが大切な時間なのではないでしょうか。

鬼手仏心

幸福の遺伝子

 ケータイが携帯電話だった頃、少々なら座席での会話が大目に見られていたころの話である。

 新幹線車内で着信音が鳴った。「あっ、ごめんなさい。今日は留守なの。そう、山口へ帰省するの。年中行事のお墓参り、いつも兄弟が揃うの。温泉にも一泊」

 私は名古屋から乗車し博多へ向かっていた。会話から姉は東京、妹は横浜、弟は神戸近郊に住んでいるらしい。ご当地の駅弁を買って乗車し3人が揃った新神戸駅を過ぎ、駅弁を交換して昼食が始まった。賑やかに会話が弾むがうるさくは感じない。兄弟3人で帰省し真当に生きている姿を墓前に報告するのは、亡きご両親へのいちばんの供養になるだろうと思った。

 暑さが去り、今年も秋のお彼岸が過ぎた。昼と夜の時間が同じになり、此岸(娑婆)と彼岸(浄土)が近づくと説く日本独自の仏教行事だ。太陽も真西に沈み、西方極楽浄土の方角を示す。

 「親を想わば 夕日を拝め 親は夕日の その中に」

 秋のお彼岸の頃に咲く彼岸花は、群生し土の中で球根が株分けして繁殖する。そのため、同じ遺伝子を持ち開花時期や花の大きさや色などが似通ったものになる。家族として遺伝子を受け継ぎ、生命を繋いでいただいたご先祖様との関わりに似ている。私たちは神仏やご先祖様のご加護を日々享(う)けて暮らしている。

 新幹線車内の何気ない情景だった。故郷に帰省する3人の兄弟に幸福の遺伝子が引き継がれている。先祖供養の功徳と穏やかな日常の理由を教えられた気がして、今も大切な記憶にしている。

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