天台宗について

法話集

No.99支えるから 支えられるから人

 近頃ちょっとうれしい景色に出会った。
 夕方五時を少し廻った頃の電車の中。髪を黄色に染めた若者が先刻からメールの送受信に余念がない。近頃よく見かける今様の若者の姿だ。駅に着くと降りる人と乗ってくる人で車内がざわつく。その若者の近くに二人連れの老いたご婦人が乗ってきた。電車が次の駅に着く頃、若者がメールを打ちやめて、携帯電話をズボンのポケットに入れた。
 そして、頭をあげて近くに立っている老婦人を見た。
 その時私は、その若者の「あっ」という小さな驚きの声を聴いたような気がした。そして若者はすぐに立ち上がって老婦人に「ごめんなさい。どうぞ」と席を勧めた。気が付かなくて許してという、思いやりの気持が一杯に込められた明るい声だった。すると、隣りに座って新聞を読んでいた五十年輩の会社員風の男性も、すぐに立ち上がって、連れの老婦人に座る様に勧めた。
 二人の老いたご婦人が「ありがとう」と御礼を言って座り、「ありがたいネ、よかったネ」とニッコリ笑顔で語り合っている。
 私も黄色の髪の若者に「ありがとう」と嬉しくなって心の中でつぶやいた。
 周囲の人々の胸にパッと明るい灯がともったようだった。仕事の疲れでよどんでいた車内に、清浄機のスイッチを入れたような爽やかな空気が流れた。
 小さな勇気を出して支えるから、支えられるから人ですネ。
(文・秦 順照)
掲載日:2012年04月20日

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