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サミットの歴史

比叡山宗教サミット13周年− 概要

(広報天台宗 第15号)

平成12年8月4日
人類が共に喜び合える日まで心一つに平和を祈ろう

比叡山宗教サミット13周年「世界平和祈りの集い」報告
天台宗国際平和宗教協力協会

 青天の比叡山に平和の鐘の音が鳴り響くなか、今年も宗教者たちの祈りは捧げられた。皆の想いはただ一つ「恒久平和実現」である。
 「祈ることから平和は始まる」を合い言葉にお互い宗教の垣根を越えて世界の諸宗教代表者が集った「比叡山宗教サミット」から13年、その間絶えることなく祈りは続けられている。
 しかし20世紀を振り返ると、われわれの願いである「平和」とはほど遠く、世界各地で争いごとの絶えない、奪い合いの世紀であった。ひとつの時代が終わり、新しい時代に入った今、21世紀こそ、われわれ宗教者の目標である、争いのない、人類が共に喜び合える、睦み合いの世紀にしなければならない。

20世紀を締めくくる祈りの集いが開催

 昭和62年に開催された「比叡山宗教サミット」の精神を継承して、今年も去る8月4日、比叡山延暦寺一隅を照らす会館前祈りの広場を会場に比叡山宗教サミット13周年「世界平和祈りの集い」が行われた。
 祈りの集いには国内の各教宗派の代表をはじめ、宗内諸大徳、各役職員、天台青少年比叡山の集いに参加の青少年約200名など約600名が参加し、平和を願い共に祈った。
 午後3時、藤光賢宗務総長の挨拶で開会。続いて会場を埋め尽くす参列者の中を青少年が「平和への願い」を記した短冊を手に携え入場。それぞれが壇上の壁に願いを込めて吊り下げ、色鮮やかな舞台の準備が整った。舞台中央に据えられた不滅の法灯に向かい第二五五世渡邊惠進天台座主猊下をお導師に仰ぎ、延暦寺一山住職出仕のもと法楽が修され、続いて座主猊下による「平和祈願文」が奉読された。この中で座主猊下は「世界中の人々が真に平和を喜び合える日が1日も早く訪れることを願うと共に、比叡山宗教サミットによって灯された平和の灯を絶やすことなく掲げて、平和実現の日まで祈り続けたい」と述べた。
 午後3時30分、教派神道連合会、全日本仏教会、日本キリスト教連合会、神社本庁、新日本宗教団体連合会、世界宗教者平和会議、世界連邦日本宗教委員会等の代表者13名が登壇し、比叡山大講堂をはじめ、日本中の「平和の鐘」の音が響き渡る中、参加者全員が心一つに黙祷を捧げた。続いて、青少年リーダー3名による「比叡山メッセージ」の朗読。世界連邦日本宗教委員会代表委員櫻井勝之進師による「平和を語る」と題した記念講演。ヴァチカン諸宗教対話評議会フランシス・アリンゼ長官、フランシスコ修道会マキシミリアン・ミッチー神父の祝電披露。青少年代表による「平和の合い言葉」朗読などが行われ、約1時間にわたる祈りの集いは清原惠光延暦寺執行の閉会の辞をもって幕を閉じた。

平和を語る
世界連邦日本宗教委員会代表委員 多賀大社名誉宮司 櫻井勝之進 先生

 ただ今ご紹介に預かりました櫻井でございます。図らずもこのような記念すべき「祈りの集い」においてお話をするようにというお指図を宗務総長様からいただきまして、なんでもお座主様のご指名だということでございますので、これはお断り出来ないなと、僭越ながら拝承しまして登壇させていただきました。しばらくの間、どうぞうちわでもお使い下さいまして、ゆるりとお聞き取りいただければありがたいと存じます。
 先刻、皆様方のご代表の方々とともにここで、この壇上で平和の祈りの黙祷を捧げさせていただきました。その黙祷の祈りに、皆様方にはおそらく、それぞれ祈りの言葉を心中でお唱えになっていらしたのだろうと思いますが、この不肖私めはいつも、一つの御製をお唱えすることに決めております。その御製と申しますのは、昭和天皇様がかつてお詠みになりました「天地の 神にぞ祈る 朝凪の 海の如くに 波立たぬ世を」この平和に対する真摯なお祈りの歌を常に奉唱させていただいております。ここにお詠みになられておりますように「波立たぬ世」というのは、お互いに理想の世界でございます。神仏も、必ずやそのような世界をお望みに相違ないと存じます。
 しかしながら、個人が心の中にどのような寛大な願いを持ち、許し合う心を持っておりましても、それが一つの共同体を形成いたしますと、これは全く違った存在になります。個人を超越した、個人のいうことを聞かない一つの集団になります。これが大変難しいところであります。国家とか民族とかいうような共同体になりますと、もう個人の意志を超越してしまいまして、力が緊張状態の中で辛うじてバランスをとっていると、そういうバランスをとっておれば、朝凪の海の平和を保っているわけでありますけれども、いったんそのバランスが崩れてしまいますと、異文化と異文化、あるいは国と国の間に波風が立ってまいります。これが歴史の物語る事実であります。
 異文化というときに直ちに頭に浮かんできますのは、11世紀から12世紀の終わりにかけての十字軍でありますが、7回にわたって200年間繰り返されましたあの遠征は、おおよそ信仰を持つ者ならば相手をいたわり助け合う心を持つはずですけれども、信仰共同体を形成した上に、しかも強大な政治力とそれが結びついてしまう、そうなりますと俄然事態は変わってまいります。いわゆる、あのときは「聖地奪回」という聖戦として7回の遠征が行われたわけでありますが、十字架を戦士たちの標識と定めまして、武器を手にして大軍を組織して押しかけるという、おおよそ一人ひとりの宗教者の志に反する闘争が繰り広げられる。これは我々が常に考えておかねばならないことだと思います。
 日本のような一種のなんていいますか、多神教的な風土では想像もつかないところでありますけれども、やがてそれが16世紀になりますと、ローマやフランスにかわりましてスペインやポルトガルが、例の大変進んだ航海術をもって、それを駆使して大西洋を渡ります。そして中南米を宗教的に、あるいは政治的に征服してまいります。その勢いがやがてアジアにも及びます。
 余談でありますけれども、最初に日本に上陸してまいりましたフランシスコ・ザビエルさんは、日本の一番立派な大学へ行って、そこの優れた学者たちと宗教論争をしたい、教義について論争したいと考えたそうであります。そのザビエルさんが大学と言ったのは、他ならぬこのお山であります。比叡山には優れた一流の学僧たちがたくさんおいでになりましたので、その日本を代表する学僧たちと論争したいというのが念願であったのでありますが、残念ながらお山への入山を断られてすごすごと引き返しまして、やがて日本を離れていくわけでありますが、そういうこともあったんですけれども、話題を現代に戻しましょう。
 宗教と政治の絡んだ紛争と申しますと、近くでいいますとスリランカの仏教徒とブラフマン教とでありますが、あるいは遠くの方でいくと北アイルランドのキリスト教同士の紛争でありますか、そういうものも頭に浮かぶのですけれども、さらにバルカン半島にまいりますと、ここはもう本当に宗教と異民族とのるつぼのようなところであります。いわゆるオーストリアに接しておりますスロベニアとか、その隣のクロアチアというところはこれはカトリックでございますから、ヨーロッパとかラテン・アメリカの国々が大いに援助をされたようであります。それに反して、セルビアは、これは東方正教会でありますから、ロシアとかギリシャの方から軍事的な、あるいは政治的な援助が盛んにまいります。一方のボスニア、こちらの下の方でありますが、南のボスニアに行きますと、これはご承知のようにイスラムでありますから、イランとかサウジアラビアとか、あるいはトルコとか、こちらのマレーシアとか、そういったイスラム世界からの援助が、もう数億ドルというほど、武器や軍事的な援助がある。これなんかみんなイデオロギーの相克でもありませんし、あるいはもともとが宗教紛争ではないわけであります。もっぱら、なんていいますか、政治的な、あるいは経済的な、そういうものがもとになって、そこに宗教が巻き込まれる。そうすると、どうしても同じ宗教を奉ずる国同士、あるいは民族同士が親近感を持ちますので、そういう対立になってしまう。これも非常に残念なことでございますけれども、事実でございます。
 本当に信仰対象を等しくするというのならば、親近感によって、いわば火を消す役目をしなくてはならないはずなのに、逆に油を注いでしまうという、そういうのが例のハーバード大学のサミュエル・ハンチントンの説でありますね。この人の『文明の衝突』といいましたか、あの分厚い翻訳本はなんとも読みづらい本ではございましたが、しかし、大変興味津々たる本でありました。あれのハンチントンの衝突理論にはかなり反発もあるようでございますけれども、しかしどうもそれからのちにアジアについて、日本について書いた論文なんかを見ますと、なんかやはり正鵠を射たところがあるようでして、こちらも考えざるを得ない、考え込まされるような、そういうところが少なくありません。これが私の偽らない感想でございますが、その一つを申しますとですね、今の国際社会を一極多極世界と、こう決めつけております。
 一極は申すまでもなくアメリカ、多極はその他の有力なる国々であります。その一極多極はうまくバランスをとっておる間はよろしいが、その多極の方でどこかが突出してくる。例えばの話でございますけれども、ハンチントンが挙げておる例ですが、例えば中国がロシアと結び、あるいはインドと結ぶ。現に2国間の協議というものを先年来やっておりますから、これはもうあまり架空の話しでもございません。そういうふうにしてその多極のほうですね、いくつか連合体を作ってしまう。そうすると、バランスが崩れる。その場合が一番危険だというわけですね。
 この間、7月の8日でございますか、これはだいぶん経ってからの朝日新聞の記事で読んだのでありますけれども、京都の市内で「兵戈無用」という幟を立てたパレードがあったそうですね。「兵戈無用」、つまり兵器は要らない、平和のために兵器を捨てろという、そういう一つの運動体だと思いますが、これをある宗教団体がバックアップをされておったようでありますけれども、今私がそれを見てふっと思い出しましたのは、終戦のあと2、3年経って、熊本県に私がおりました頃に、県内の宗教者の主立った方々に集まってもらって、これから一体どんなふうにして我々は社会のために貢献していこうかというような話し合いをした。そのときにですね、あるキリスト教の牧師さんが「日本は今、文化国家、文化国家といって軍備をみんな捨ててしまっているけれども、仮に考えてごらんなさい。あなたの家へ、もし暴漢が土足で踏み込んで、あなたの前で妻女を凌辱したら、あなたは腕をこまねいて、それを眺めておりますか。それが文化国家ですか」と、こう仰ったのですね。これは当時有名な、ご活躍なさっている牧師さんでしたが、みんなの胸をぐさりと刺したものです。なにか、終戦後占領下で、軍備なんか要らない、要らないといった時代にですね、とんでもないということを、しかも牧師さんから指摘されたわけであります。私はこの「兵戈無用」のデモ行進の記事を見て、図らずもその話を思い出しました。
 やはりしかるべき備えなくては、我々を守ることはできません。本当の平和というのは、なにも武器を捨てたから平和が来るのではない。武器は武器で、備えるべきは備える。備えて、しかも民族の独立性を守っていく。それだけの決意を秘めて、そして他国と仲良くし、思いやりを持ち、もたれ合いの社会を作っていく。これこそが本当の平和の道ではなかろうかというふうに思ったわけであります。
 今そのような、現状でありますけれども、このたび国連のアナン事務総長さんが世界の宗教並びに精神的指導者に呼び掛けられて、ミレニアム世界平和サミットというものをニューヨークで開かれようとお企てになったということは、本当に歓迎すべきことであろうとおもいます。ここにいらっしゃる黒住教さんの方から私もその趣意書を頂戴しまして読んでみたのですけれども、第二次大戦の終結に伴って戦争という苦しみの種をなくする目的で国連は設立された。しかし、それ以後も武力紛争は絶え間なく起こって、その死者は約2,700万人に上る。2,700万人という数はどのくらいかとふと考えたら、日本の人口の2割強ですね。それだけの、しかもその85%は、先ほどもお座主様が仰ったように、85%は子供と高齢者であります。つまり武器を持たない、全く紛争に関わりのない者が、一番大きな被害を受けている。それが現状でありますね。しかも注目すべきことは、その軍事紛争の多くは民族の違い、すなわち宗教の違いにルーツがありますと、はっきり事務総長は断言しております。「宗教共同体の指導者というものは寛容の道を重ね重ね説いてください、そのことによって紛争の防止や解決のために働いてもらわねばならない」、そういうふうにアナン事務総長は申しておられます。が、これは宗教共同体の指導者というところに重点があろうとおもいます。
 先ほども申し上げましたように、一つの集団をなした場合に、その集団の意志を決定するのはその集団の指導者であります。この会場には大勢の指導者がいらっしゃいますが、そのへんのところは個人個人の心を超えたものだということを、改めて繰り返したいと思います。お互いの文化、お互いの信仰を尊重し合う、そのことの重要性について、私どもは常日頃口にしておりますが、国連の事務総長も同じことを仰っておるというには、心強く感じた次第です。
 今月の28日から30日までの3日間、渡邊お座主様やら、あるいは神宮の久邇大宮司様はじめ、多くの宗教指導者の方々が28名ですか、あちらへいらっしゃるそうでありますけれども、どうぞ一つ立派な成果をお挙げいただきたいと祈って止みません。またこの催しは1回切りで終わるのではなくて、国際指導者諮問評議会という組織を作るのだそうであります。これを国連事務総長の国際紛争解決のための一つの重要な源泉として機能するようにしたいということを申しておられますので、今後の世界平和実現のために宗教者の役割というものが一層重要なものになってくるだろうというふうに思います。
 皆さんのお手許にお配りしましたが、ローマ法皇の呼びかけで、今は亡き山田惠諦お座主様も参加されました例の「アッシジの平和の祈り」において唱えられました祈りの言葉であります。おそらくラテン語で唱えられたと思いますが。幸い日本語の訳が見つかりましたので、そこにお入れしておきました。これはアッシジの聖者と呼ばれた方がお作りになったもので、ダイアナ妃の葬儀の時には、英国国教会とまるで宗派は違うのですけれども、やはりこの祈りが歌われたというふうに聞いております。その祈りの言葉の内容の一々については、これは宗教の違いもありまして、中には違和感をお持ちかもしれませんけれども、最初の第1行だけ、これはご異存はないと思います。これからも一つのお互いの一身を世界平和のために、この祈りの言葉のように捧げてまいりたいものと存じます。甚だ蕪雑なお話を申し上げまして失礼申し上げました。これをもって私の今日の話しを終わらせていただきます。ありがとうございました。

(録音より起稿/文責/総務部出版室)

「アッシジ平和の祈り」祈りの言葉
聖フランチェスコ(1181〜1226)による 平和を求める祈り

私をあなたの平和の道具としてお使いください。
憎しみのあるところに愛を、
いさかいのあるところにゆるしを、
分裂のあるところに一致を、疑惑のあるところに信仰を、
誤っているところに真理を、絶望のあるところに希望を、
闇に光を、悲しみのあるところに喜びを、
もたらすものとしてください。
慰められるよりは慰めることを、
理解されるよりは理解することを、
愛されるよりは愛することを、私が求めますように。
なぜなら私が受けるのは与えることにおいてであり、
許されるのは許すことにおいてであり、
我々が永遠の命に生まれるのは死においてであるからです。

比叡山宗教サミット13周年平和の集いのメッセージ
ローマ教皇庁諸宗教対話評議会長官 フランシス・アリンゼ枢機卿

 8月4日に比叡山で行われる、「平和の祈りの集い」へご参加の皆様、今年もメッセージをお送りできる事を幸せに存じます。本年の皆様の集会には、格別の意味が加わります。何故なら、西暦2000年は、私達に人類の過去を思い、未来を考える強い思いを起こさせる年だからです。2000年の新たな始まりは、私達を過去への感謝で満たし、明るい未来への希望に気づかせてくれます。この意味において、私達「ローマ教皇庁諸宗教対話評議会」では、昨年10月、世界の様々な宗教を代表する方々をローマにお招きしました。そして、宗教における過去の出来事を一つ一つ検討し、さらに、人類のより良い進歩のために全ての宗教者がいかにして力を合わせ、働くことが出来るかを話し合いました。私は皆様の比叡山での集いが広く進展し、人々へもう一つの希望の象徴となりますよう、神に祈っております。ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世聖下は言われました、「ゆえに私達の責務は、対話の文化を育てることです。個人であれ団体であれ、宗教を信じる事がいかに平和を奮起させるか、そして連帯を進め、正義を広め、自由を支えるものであるかを示さなければなりません。」(1999年10月28日「諸宗教会議」閉会式より)
 1986年にローマ教皇が提唱された「アッシジ精神」が、天台宗国際平和宗教協力協会によっても広められ、続いている事に対し、私の心は歓びに満たされます。私達は憎しみ・戦争・暴力の暗闇を解き放ち、「善によって悪を超える事」に役立てると確信しております。それぞれの宗教に属する個人としても、集団としても、懸命に努力を重ね、対話と協力によってこそ、平和を推進すべき事を、世界の人々に気づかせねばなりません。
 私は、比叡山における集いは祈りを中心とした行動であると、理解しております。人は祈りから想像出来ないほどの力を引き出します。祈りは人間の錯覚に基づく、かってなエゴによって作られた全ての防壁を打ち破り、私達を神と隣人に向かって開いてくれます。私は、各々の宗教伝統と信仰に従って、祈る事を広めておられる、皆様の努力を賞賛致します。そして祈りを通じ、私の心は皆様と共にあります。
 比叡山に参集された全ての皆様方の上に、神の祝福がありますように。

アッシジからのメッセージ
フランシスコ修道会 教会一致・諸宗教対話部代表 マキシミリアン・ミッチー神父

渡邊惠進猊下と比叡山へご参集の宗教指導者の皆様へ、平和を

 この平和・尊敬・連帯のメッセージは聖フランシスコ大聖堂からお届けします。
 この新千年紀の幕開けに、日本の宗教指導者の皆様が聖なる比叡山に集い、ともに平和・正義・「アッシジ精神」への崇高な思いのために祈り、考え、黙想する事は、誠に意義深い事です。
 今日、世界の諸宗教は、対話による相互協力をすすめる、大きな可能性が開かれています。宗教者達は、より良い世界を創るために働かねばなりません。例えば、平和と非暴力を進める事・弱いもの、特に子ども達や女性を暴力と虐待から守る事・人々の心から憎しみを消す事・悩める人に愛と歓びをもたらす事・物質第一の社会に精神性を育てる事、などです。
 この日、私達アッシジのフランシスコ修道会修道士達は、日本全国から参集された皆様、兄弟・姉妹達と共に祈り、共に世界の諸宗教を結ぶ掛け橋となるために、心を合わせます。私達はこの事を神の御名において、イエス・キリストへの愛において、そしてアッシジ精神において、行います。
 歴史的集いである、1986年10月27日のアッシジにおける平和の祈り、1987年8月3日−4日の比叡山宗教サミット、そして1999年10月27日のアッシジへの巡礼は、宗教の壁を超えたお互いの尊敬・愛・精神性を実現する、新しい時代の実例を世界中に示したのです。
 2000年8月4日、新千年紀の夜明けに行われる、比叡山における日本宗教者の平和の祈りは、今まで私達が共に築いた方向性を、さらに一歩進めるものです。それは世界の宗教指導者が共に手を携え、この調和と平和と愛の巡礼を続けるよう、うながす祈りです。そうすれば、世界の人々が私達の例に習い、宗教の神聖さを信じるようになるでしょう。
 神の平和が皆様とともにありますように。


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