比叡山宗教サミット37周年 − 概要比叡山宗教サミット37周年「世界平和祈りの集い」▲ 来賓より代表者9名が登壇し、参加者一同が平和への祈りを捧げた 比叡山宗教サミット37周年「世界平和祈りの集い」が8月4日、比叡山山上において開催された。アフガニスタン現地で支援活動を行っているペシャワール会PMS(ピースジャパン・メディカル・サービス)支援室室長並びにPMS総院長補佐の藤田千代子氏が講演を行い、15時30分には、天台仏教青年連盟の代表者ら3名による「平和の鐘」鐘打のもと、一隅を照らす会館前「祈りの広場」において参加者約420名が世界平和への祈りを捧げた。 平和の式典 於 延暦寺会館大ホール比叡▲「平和を語る」にて講演する藤田千代子氏 「世界平和祈りの集い」は、13時より阿部昌宏天台宗宗務総長の開式の辞で始まった。 続いてのプログラム「平和を語る」では「平和の力を信じ―中村先生の意志を継いで―」と題し講演が行われた。以前までは国内外の代表的な宗教指導者が登壇していたが、本年は多様な視点からの提言により宗教者の平和に対する責務を再確認するため、ペシャワール会PMS支援室室長並びにPMS総院長補佐の藤田千代子氏を講演者に招いた。ペシャワール会はアフガニスタンとパキスタンの国境の地ペシャワールでの故中村哲医師の活動支援のために昭和58年に結成された国際非政府組織(国際NGO)である。また、PMSは故中村医師が現地に設立した事業団で、診療所での医療行為にとどまらず、現地で病気の根源にある食料不足とそれに伴う栄養失調改善のため、農業事業や灌漑事業など様々な支援活動にも尽力している。中村医師はキリスト教徒でありながら「一隅を照らす」を座右の銘として活動を続け、令和元年12月の殉職後、令和2年12月には天台宗より『天台特別振興賞』が授与された。そして講演者の藤田氏は、平成2年9月にパキスタン・ペシャワールのミッション病院へ看護師として赴任し、以降、医療活動をはじめ、井戸掘り、食糧配給、用水路事業など、中村医師の現地活動を支えた。平成10年にはペシャワールに中村医師を総院長として建てられたPMS基地病院では院長代理を務める。平成21年に現地の治安悪化により待避帰国を余儀なくされた現在も現地活動を支え続けている。藤田氏は中村医師との思い出話を絡めながら、現地の置かれている状況とそこから生じる様々な問題、それに対してPMSが実際に行った支援活動の内容、そこから見えた平和構築への手がかりについて語った。 また、公益財団法人日本ユニセフ協会への支援金寄託式が実施された。阿部総長の趣旨説明の後、参加者らの賛同を受け、未来を担う子供たちへの支援を目的とした寄付金の目録が早水研日本ユニセフ協会専務理事へ手渡された。 平和の祈り 於 一隅を照らす会館前「祈りの広場」▲ 15時30分の鐘に合わせ祈りを捧げる参加者 後半の「平和の祈り」は15時20分より会場を屋外の一隅を照らす会館前「祈りの広場」に移し、執り行われた。 その冒頭では、次世代を担う宗教者の代表として教派神道連合会の北川真喜子師と神社神道の金子元紀師が登壇し、初回の比叡山宗教サミット「世界宗教者平和の祈りの集い」で採択された『比叡山メッセージ』を朗読し、祈りの集い継続の意義とその精神を再確認した。 そして、定刻の15時30分、日本宗教連盟理事長並びに新日本宗教団体連合会代表として石倉寿一師、教派神道連合会代表として出口紅師、全日本仏教会代表として村山廣甫師、日本キリスト教連合会代表として大塚喜直師、神社神道代表として田中恆清師、日本ムスリム教会代表として遠藤利夫師、世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会代表として戸松義晴師、世界連邦日本宗教委員会代表として黒住宗道師、主催者代表として大樹孝啓天台座主猊下の9名が登壇。「世界平和の鐘」を天台仏教青年連盟の杉谷義恭代表と甲斐健盛副代表、小林伯裕副代表が鐘打。参加者一同は鐘の音と共に世界平和への祈りを捧げた。 その後の主催者代表挨拶で大樹座主猊下は、気候変動が起因とされる大規模な自然災害の常態化と世界各地で未だに数多くの武力紛争が続く現状を憂慮し、「それらが一刻も早く復興や和解に向かうことを皆様と共に強く祈り続けたい」と表明された。 ▲大樹孝啓天台座主猊下の主催者代表挨拶 続く平和のメッセージ朗読では、世界仏教徒連盟(WFB)パロップ・タイアリー会長からのメッセージを村山廣甫全日本仏教会副会長が、ローマ教皇庁諸宗教対話省ミゲル・アンヘル・アユソ・ギクソット長官からのメッセージを大塚喜直カトリック京都司教区司教がそれぞれ代読し披露した。 最後に、獅子王圓明延暦寺執行が閉式の辞を述べ、比叡山宗教サミット37周年「世界平和祈りの集い」は閉式した。
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