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サミットの歴史

比叡山宗教サミット10周年− 概要

(広報天台宗 第7号)

比叡山宗教サミット10周年に考える
「世界宗教平和の祈りの集い」と天台宗 宗務総長 杉谷義純

 8月4日午後3時30分、梵鐘の荘厳な響きを合図に、比叡山根本中堂前に集った世界の宗教指導者、国内の宗教代表者はじめ1,200名にのぼる信徒、一般市民、青少年代表が一斉に黙祷し、世界の平和を祈った。そして祈りを捧げる私の脳裏を感動と共に10年前の思い出が駆け巡った。東西冷戦の激しい対立の中、一触即発の核戦争の脅威は去らず、人類滅亡という共通の危機に晒されていた時代に、宗教者は、宗教の垣根を越えて共に平和を祈り、訴えることの必要性を痛感し、比叡山に集ったのであった。しかし当時は個人レベルでの宗教対話は行われていたが、宗教指導者が一堂に会すことの困難さは、想像を越えるものがあった。当時主催団体の事務局長として説得のため国内はもちろん、世界を跳びまわり比叡山宗教サミットに漕ぎ着けることができたのも、故山田座主猊下や、故葉上大僧正はじめ、多くの先達の激励とご指導があったからであろう。そして比叡山宗教サミットは成功裡に幕を閉じ、内外共に大きな反響を呼んだのであった。国内の全国紙はもちろん、米紙タイム、さらにヨーロッパにはバチカン記者クラブを通じて大きく報道されたことは、宗教史上画期的なこととなった。もちろん私はこの宗教サミットの成功を心から喜んだ一人だが、同時に責任の重さを感じたのであった。それは宗教サミットの会場が比叡山であったからこそ、色々な問題があったものの、最後は日本の各宗教も賛同したという点を忘れてはならないからである。すなわち宗祖伝教大師開創以来、比叡山は日本宗教の象徴であり、また常にリーダーシップをとり続けてきた歴史が、今日の宗教界にもいまだ意識されているのである。ところが比叡山はじめ天台宗徒の方が、その気概を忘れかけていなかったかと思わざるを得ない。その意味で宗教サミットの精神を継承し、宗教間対話の支柱となって、平和に貢献していくことが、宗祖や先徳の鴻恩に報いることになるのではないか、と痛感させられたのである。そこで早速宗務庁内に国際平和宗教協力協会を設置することを提言、当時の江田総長も快諾され、天台宗としての宗教協力の窓口が公式に開かれたのであった。この協会の運営資金は、一宗の通常会計からの回付金に、延暦寺並びに妙法院及び三千院の拠出金で賄われ、毎年8月4日の平和の祈りの集いを開催することが可能となり、さらに海外との積極的な交流もできるようになった。宗教サミット3周年には「比叡山ムルタカ会議」を開催、今まで交流の浅いイスラム教との対話を深め、5周年には「宗教青少年サミット」を開き、環境問題と子供達の未来について、真剣な討議を重ねた。さらに8周年には「終戦50年宗教者平和の祈りの集い」を開催、戦争に対する宗教者の責任と反省をもとに、平和への誓いを新たにしたのであった。そして、この10年間の宗教間の交流は確実に進捗し、いろいろなレベルで、地道な実践活動へと深まりを見せていった。
 だが、時代の潮流は著しく変化し、東西冷戦構造の崩壊によって全面核戦争の危機は去っていったものの、各地に民族紛争が起こり、それが宗教戦争と呼ばれるに至った。また南北格差はさらに広がり、そのうえ人権、食糧、人口問題、地球環境の破壊など、人類は多くの深刻な問題と向き合わねばならなくなった。日本においてもこの数年、阪神大震災、オウム真理教事件、中学生による残虐な殺人事件など、次々と社会を震撼とさせる大事件が相次ぎ、バブル経済がはじけ大型倒産、政官界、経済界の不祥事が起きるに至って、国民は閉塞状況に陥っている。そして人間性の荒廃を招き、明らかにひとつの時代の行き詰まりを表象していると言わざるを得ない。
 このような時代状況の中で、比叡山宗教サミット10周年を迎える本年、単に10周年を記念するという悠長なものではなく、「奪い合いの20世紀から、分かち合いの21世紀」へ時代を構築していかなければ、人類に未来はない、という宗教者の切実な叫びから「世界宗教者平和の祈りの集い」が開催されたといえるだろう。それは参加者の顔ぶれが如実に物語っている。すなわち歴史的に宗教間の摩擦が一番激しかったカトリックとイスラムから、バチカン諸宗教対話評議会アリンゼ枢機卿、世界イスラム連盟事務総長アル・オバイド博士というトップクラスがそれぞれ出席、紛争地域のボスニアからサラエボ大司教のプルジッチ枢機卿、カンボジアからテップ・ボーン仏教会会長が出国困難の中を参加、その他人権問題を訴える先住民族代表、和平で混迷を続けている中東からも、ユダヤ、イスラム、キリスト三教の代表など、海外からは11宗教67名の参加をみたのである。
 主催団体は、日本宗教連盟傘下の全日本仏教会、神社本庁、教派神道連合会、日本キリスト教連合会、新日本宗教団体連合会加盟の各宗派、宗教団体と、宗教間の対話や協力を推進している世界連邦日本宗教委員会並びに世界宗教者平和会議日本委員会など、日本のほとんどの宗教団体を網羅して組織した、日本宗教代表者会議であり、日本宗教界の総力を結集して開催したといっても過言ではなかろう。そして日本宗教代表者会議の名誉議長に、渡邊惠進座主猊下が推戴され、事務総長には不肖私が就任し、実務の責任を負うことになったが、因縁のしからしむるところと覚悟した次第で在った。幸い好天にも恵まれ、全日程魔事なく終了したのは、まさに神仏のご加護の賜物である。
 今回の集会の特徴は、比叡山上の祈りを中心に、記念講演、フォーラムなどを設け、一般市民の参加を歓迎する一方、意見発表部会を設け、人権、紛争、共生などの問題に対する率直な提言が行われたことである。明石康国連事務次長の講演は、2大勢力消滅の現在、非政府組織の平和への貢献度は高く、特に宗教に基づく寛容な精神を育むことが大切であり、宗教の名を借りた暴力を許さないこと、道徳を涵養することなど、宗教者に対する期待を述べた。これは、国際的視野に立った宗教者以外からの視点であるだけに、参加者に大きな感銘を与えると共に、宗教者の決意を促すものであった。意見発表部会におけるサラエボ大司教の、身内を内戦で失いながらも、許すことの大切さを訴え、ボスニアにおける宗教対話を実現させた勇気。今でも地雷の犠牲者が跡を絶たないカンボジアの現況を踏まえて、兵器を作るな・売るな・買うな、のテップ・ボーン会長の悲痛な叫び、そのほか先住民族を圧迫し、人権を侵害する結果となった中米のカトリック教会制度に対する厳しい内部からの批判。殺人や暴力、戦闘行為を日常的なことのように錯覚を促すメディアの在り方への疑問など、貴重な提言は、実践への魂をゆさぶるものであった。
 特別フォーラム(「NHK金曜フォーラム」で放映)は、カトリック、プロテスタント、イスラム、ユダヤ、ヒンズー、仏教の重責を担う指導者が同じテーブルにつき、地域紛争、人権、生命科学などと宗教の使命について意見交換を行ったが、これは宗教史上初めてといえる注目すべき出来事であった。
 世界宗教者平和の祈りの集いは、高い評価を得る一方、批判の声も聞かれた。祈るだけで平和はくるのか。指導者だけ集っても仕方がない等々である。もちろん祈りだけで平和が来ないことは自明の理である。だが祈りを忘れた宗教者が存在するだろうか。さらに、人間が祈る心を忘れ始めたころから、自然環境の破壊が急速に進みはじめたのではなかったか、と思われてならない。この10年間いろいろなレベルでの宗教対話や実践が行われ、その範囲は広範囲に及んできた。それらの集大成と新たなる展望を見い出すための集いであるからこそ指導者が集まったのであり、祈りを原点とし、その精神は「比叡山メッセージ」に託され、世界に発信されたのである。世界宗教が誕生して約2500年経過したが民族のアイデンティティーを支えることが、相手を排除することではなく、相互の違いを認め合うことであることに気がついてから、わずかに半世紀である。宗教協力の道程は始まったばかりで遠くて厳しいが、確実に歩みを進めなくてはならない。さらに無宗教が、クローン人間に象徴されるように、人間存在を堂々と脅かす事態になることに、私たちは警鐘をならし続けていかなければならない。そして寺院における日常の宗教活動の延長こそ世界の平和へ繋がっていくことを、常に意識のどこかにおいておきたいものである。

比叡山宗教サミット10周年記念(報告)
21世紀へ向けて更なる協調を誓い合った3日間 平成9年8月2日〜4日

 ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世の呼びかけにより、昭和61(1986)年、イタリア・アッシジで「世界平和祈りの集い」が開かれた。招待を受けた故山田惠諦猊下がアッシジの宗教協力の精神を継承するため、日本の諸宗教と共に、翌年比叡山延暦寺において「比叡山宗教サミット」を開催し、今年で早10年を迎える。爾来、世界の状況は刻一刻と変化を続け、我々宗教者に投げかけられた問題も少なくなかった。この間、絶える事なく続けられてきた比叡山における宗教者の祈りは、10年のときを経て今年再び比叡山から全世界に向けて発せられた。


日程第1日目【8月2日(土)】
◎開会式典

 海外18カ国、28名の宗教代表者並びに諸宗教代表7名、オブザーバー32名などをはじめ、国内の宗教者等約2,000名の参加のもと京都市宝ヶ池・国立京都国際会館に於いて、比叡山宗教サミット10周年記念「世界宗教者平和の祈りの集い」は開会された。
 開会式典は、はじめに地球の誕生から生物の進化を表すイメージ映像が流れる中、杉谷義純日本宗教代表者会議事務総長が開会を宣言、「この10年を振り返って考えると、今回の集いを新たなる平和巡礼の出発点とし、人々の心の中に平和を祈る心を育むよう宗教者は努力しなければならない」と挨拶した。次いで、全世界のカトリックを代表して、ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世、イスラム教最高権威者アル・アズハル総長ムハンマド・サィード・タンタウィ博士、世界仏教徒連盟会長サンヤ・ダルマサクティ博士、以上3名の世界三大宗教指導者のメッセージが大型スクリーンの映像と共に披露された。また、来賓の小杉隆文部大臣は「未来にゆるぎない平和を実現するため、お互いが意見を交換し合い、祈ることに敬意を表します。」と祝辞を述べた。こうして3日間にわたる祈りの集いは比叡山を望む京都洛北の地で始められたのである。

◎記念講演
 開会式典に引き続き記念講演が行われ、明石康国連事務次長は[世界平和と人類の叡智]と題し「世界平和実現のために、宗教者がなすべきことは、宗教の名を借りた暴力を許さない・道徳を広める・紛争には道徳的宗教的理念で反論する・対立後の和解を促進することである」と力説した。
 次いで、ヴァチカン諸宗教対話評議会長官フランシス・アリンゼ枢機卿は[宗教協力と民族の融和]と題し、「全ての宗教は人々の間の和解と平和を勧め、育む力をもっているが、多くの紛争は他宗教に対する敬意の欠落により起こるため、世界の宗教は共通の価値観を持って共に歩まねばならない」と訴えた。

◎記念演奏
 引き続いて、打楽器(サヌカイト石琴)奏者として世界的に活躍しているツトム・ヤマシタ氏による記念演奏が行われた。今回は「平和祈念・世界への響き」をテーマに、21世紀は宗教・科学・芸術が融合した時代となるよう願いを込めて、作曲された「神々のささやき」等を演奏。およそ1時間にわたる幻想的な音色に会場の参加者は聞き入った。

◎歓迎レセプション
 国際会館から宝ヶ池プリンスホテル・プリンスホールへ会場を移し、約500名が出席しての歓迎レセプションが開催された。
 まず田中健一カトリック京都司教の開会挨拶にはじまり、歓迎の言葉の後、橋本龍太郎内閣総理大臣から「恒久平和のため比叡山メッセージを世界に向けて発信する等の取り組みに敬意を表する」と、続いて、コフィ・アナン国連事務総長から「10年来続けられているこの集いの精神と、国連の目的とは完全に一致しており、世界平和のため皆さんと共に歩んで行きたい」とのメッセージが披露された。ついで、アトラクションの祇園太鼓の披露、前田仁博士から海外代表者への記念品となる「サヌカイト石琴」の寄贈等が行われ、和やかな雰囲気のうちに黒住宗晴黒住教教主の閉会の辞をもって、第1日目の全日程は終了した。


日程第2日目【8月3日(日)】
◎意見発表部会

 前日に引き続き、国立京都国際会館において2会場に別れての意見発表部会が終日行われ、世界の宗教代表者は各々のテーマに沿って意見を発表した。
 第1部会では「宗教協力と世界平和」を共通のテーマとし「宗教の平和活動と民族紛争」「東西の宗教対話と相互理解」「宗教者間の連帯と人類に果たすべき役割」「宗教対話の歴史と未来」という四つのセッションに別れ、15人から意見発表があった。特に、サラエボのプルジッチ枢機卿やカンボジアのテップボーン師などは紛争地域から参加した立場として、民族紛争を解決する手段としての宗教の重要性を強調。
 第2部会では「21世紀における宗教の役割」を共通のテーマとし「若者や無信仰者に対する宗教者の使命」「人権問題と宗教者の責務」「共通の理念の確立と宗教」「宗教に基づく社会貢献」の同じく四つのセッションに別れ13人が意見発表を行った。
 先住民族の人権問題に取り組むメキシコの神父や、ニュージーランド・マオリ族の指導者、途上国で自然と共生しながら開発の提案をするスリランカの仏教者など、世界の現状を伝える貴重な意見が出された。


日程第3日目【8月4日(月)】
◎特別フォーラム

 10時から11時30分まで、国立京都国際会館で特別フォーラムが開かれた。テーマは、「21世紀へ向けての人類の課題と宗教」。杉谷義純宗務総長(仏教)、A・アル・オバイド博士(イスラム教)、W・アリアラジャ博士(プロテスタント)、F・アリンゼ枢機卿(カトリック)、D・ローゼン師(ユダヤ教)、U・シャルマ博士(ヒンズー教)がパネラーとしてそれぞれの宗教の立場から意見を述べた。
 このフォーラムでは主に「東西冷戦後の多くの紛争を見るとき、宗教はどのような役割を果たしているか」「如何にして人間の尊厳や人権を守るか」「生命倫理と宗教」「21世紀に宗教は何を担って行くのか」について話し合われ、それぞれの宗教の立場から精神的な融合の重要性を説き、また、物質中心の文明を反省し、心を中心とした世紀を目指すことで意見の一致をみた。


◎平和の祈り式典
 午後は、会場を比叡山延暦寺・根本中堂前広場に移し、今回の行事の中心行事というべき「平和の祈り式典」が行われた。
 昭和62年に行われた「比叡山宗教サミット」を思い起こさせるような真夏の日差しが照りつける中、海外代表者や各界の代表者等1,200名が参加し、宗教の垣根を越え、共に世界平和のための祈りを捧げた。
 式典は、午後3時30分、全世界の平和を祈る鐘の音を合図に全員で黙祷。続いて各宗教代表により、それぞれの形式による祈りが捧げられた。
 8月4日は、「比叡山宗教サミット」を記念して「平和の祈りの日」として位置付けられ、毎年この場所で平和の祈り式典が催されてきていたが、この日の祈りは、まさに「比叡山宗教サミット」開催当時を彷彿とさせるような雰囲気が会場全体に醸し出されていたといえよう。
 そして式典の最後に「比叡山メッセージ」が朗読され、宗教者の新しい決意を全世界に発信されることによりクライマックスを迎えたのである。
 閉会に当たり、参加者全員が手を握りあい、肩を抱き再会を願いあっていたが、これは平和の輪が全世界に広がることを念願するものであり、「比叡山メッセージ」によって誓った決意を今後更に継続していこうとする意志の表れでもあった。


広島平和式典参加について【8月5日(火)〜6日(水)】
 8月1日から4日までの公式行事に臨んだ海外代表者の一行は、杉谷事務総長の案内により、広島を訪問した。
 5日に広島入りした一行は、広島県宗教連盟の歓迎を受け、まず、原爆記念公園を訪問。20万名の原爆による物故者名簿が奉安されている原爆慰霊碑、8万余名の身元不明者が眠る原爆犠牲者供養塔へ献花、焼香。続いて原爆資料館を見学し、館内で英語版ビデオ「ヒロシマ母たちの祈り」で映像により実際の被害状況を学習した。海外代表者の中には広島訪問が初めての人もあり、原爆を含め、戦争がもたらした余りにも大きな犠牲、そして戦勝国、戦敗国に拘わらず人類の心に残した傷の大きさを改めて実感した。
 6日は、朝の一食を捧げ、早朝から広島県宗教連盟主催の慰霊法要に参列。訪問団を代表して杉谷事務総長が献花、海外代表者を代表してニュージーランドのP・E・タンジオーラ師が焼香した。
 続いて午前8時から広島市主催の平和式典に参列。原爆投下時刻の午前8時15分には、会場を埋め尽くした参加者と共に黙祷を捧げた。
 一行はその後、広島全日空ホテルで、広島県宗教連盟主催による歓迎集会、懇親会に臨み、ここでも諸宗教の壁を乗り越えた交流を深めあった。
 席上、今回の広島訪問、平和式典の参加に対する感想を求められた代表者の一人、D・ローゼン師は「広島や長崎は、人間の生と死を同時に感じることができる。そして悲惨と苦しみ、再生と希望の生き証人である」と述べ、さらには世界平和実現のために課せられた宗教者の責務の重要性を強調された。
 全ての行事参加を無事終えた海外代表者一行は、再会を祈りながらそれぞれ帰国の途についた。


比叡山メッセージ
比叡山宗教サミット10周年記念「世界宗教者平和の祈りの集い」

 1997年8月2日、3日、4日、比叡山宗教サミット10周年を記念し「世界宗教者平和の祈りの集い」を開催して、比叡山上に集結したわれわれは、世界平和をめざし日夜、心を寄せる宗教者や世のすべての人に対して、心からのメッセージを送りたいとおもう。
 われわれは、1986年10月、ローマ教皇の呼びかけに応じたアッシジでの世界平和祈願の集いの精神を継承し、翌年8月、ここ比叡山の地で「アッシジから比叡山へ」の名のもとに開催した祈りと対話の集会において、さらに祈りをこめて平和の鐘を打ち鳴らした。そして、重ねて世界の諸宗教の伝統を尊重し合い、自らの信仰を通じて病める魂を癒しつつ、苦悩する世界の現実に対し不屈の精神をもって対応する諸宗教共通の決意を再確認した。
 以来、10年の歳月が流れる中で、諸宗教間の対話と相互理解は着実に進められ、平和を渇望する宗教者の紐帯は、一層、固く結ばれてきた。しかしその反面、現代が直面する地球温暖化による環境問題、貧困・飢餓と連動する食料問題や人口問題、差別・人権や暴力・抑圧と絡む民族問題等、混沌とした世界の危機的な現実に対して、宗教がどれ程の癒しの働きかけをしてきたかを省みるとき、われわれは自らの非力さを痛感せざるを得ない。
 現代の諸問題は、極めて複合的であるが、環境の保全と生けるものとの共栄こそ、人類共同体としてのわれわれにとって、最大の課題と言わねばなるまい。しかし、近代科学の急速な発展は、地球生態系を破壊し、自然・環境との共生に背いてきた。一方、平和への志向は、今なお進められる軍備の増強や核兵器の開発によって無視されつつある。しかも、生命の尊厳を冒涜し、人間存在をも犯しかねないクローン開発等、生命科学の挑戦は止まるところが無い。人類は、まさに存亡の危機に瀕していると言っても過言ではなかろう。
 われわれは、この現実を直視し、それらの背景に“もの”の豊かさをのみ追求する人間の飽くなき欲望と、生命の尊厳と畏敬の念を忘れた自己本位の思い上がりが潜在していた事実を指摘したい。それを踏まえて、われわれは、生きとし生けるものの生命を大切にし合う宗教的土壌を培い、正義と愛、寛容と慈悲の宗教心を滲透させる努力を積み重ねるべきである。
 平和のために祈ることは、平和のために働くことである。それは、平和のための自己犠牲と奉仕に徹することに外ならない。われわれは、今こそ自らの祈りが足らないことを真摯に反省し、我欲の虜となりかねない人間の心に自制心を喚起し、苦しみや痛みを分かち合い、宥し合って共に生きる世界の実現を目指してなお一層、邁進しなければならない。
 われわれは今、「比叡山宗教サミット」10周年に際し、ここ比叡山上に集い、力を合わせて世界の宗教者と共に、この混迷の世に光を掲げるべく心に“平和の砦”を築きたい。われわれは、今こそ平和の尊さを新しい時代の担い手となる若者達に強く訴えると共に、全人類が渇望してやまない平和の賜物が、この地球上に恵まれんことを切に祈る。


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