天台宗について

The TENDAI Journal~天台ジャーナル~

天台ジャーナル 第217号

第148回通常宗議会
――大遠忌関連事業は中止へ 令和3年度予算を可決――

 第148回通常宗議会が3月9日、10日の会期2日間で開催され、令和3年度予算11億3378万円を含む議案15件、報告3件を可決決定した。また、新型コロナウイルス感染拡大防止から、伝教大師一千二百年大遠忌の関連法要である教区法要と各教宗派法要の中止と、「不滅の法灯全国行脚」を凍結することが阿部昌宏宗務総長から報告された。

 阿部内局にとって初宗議会は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴う緊急事態宣言の発出により当初の2月から延期していた。三密対策を講じながらの開会式で森川宏映座主猊下(代読・阿部宗務総長)は、お言葉で医療従事者らに感謝と敬意を表された。

 そして、伝教大師一千二百年大遠忌御祥当を迎え「宗教者として神仏に祈りを捧げ、人びとに寄り添う行動が必要。『己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり』の御精神を体し、心を一つにして宗祖大師へ報恩の真を捧げ、皆様と共に“明日の天台宗”を目指して歩みたい」と述べられた。

 令和3年度通常会計歳入歳出予算は、歳入歳出ともに11億3378万円。歳入は令和2年度補正前の当初金額と同額の寺院教会納金で計上、歳出については節約をできるところは精査減額し、業務が年度内に執行可能であることを前提に最小限の増額に留めた。

 阿部宗務総長は「ワクチン接種による感染拡大収束への明るい希望の中、令和3年度内に徐々に本来の業務が再開されることを想定した予算編成」と述べ理解を求めた。なお、コロナ禍での宗務運営を踏まえ、臨時部にテレビ会議推進準備費を新たに計上して対応する。


――法要模様はウェブで配信――

 祖師先徳鑽仰大法会関係については、伝教大師一千二百年大遠忌の関連法要として1年延期していた檀信徒を交えての教区法要、並びに令和3年10月から予定の教宗派法要の中止が発表された。

 法要道場での感染予防対策を講じても、団体参拝道中での行動面での安全保障が困難であるとの理由から「苦渋の決断」(阿部宗務総長)に至った。ただ、今後の動向を注視しながら、大法会最終年度となる令和4年4月1日より令和5年3月末の間に義務化しない形で教区宗徒有志による法要の計画を促す。

 また令和3年4月からの再開を準備していた「不滅の法灯全国行脚」は凍結する。大遠忌機運醸成と伝教大師の魅力発信が主眼だけに、「コロナ禍での行事としての目的達成には至らない」と判断した。

素晴らしき言葉たち -Wonderful Words-

ちる花をなにかうらみむ世の中に
わが身もともにあらむ物かは

『古今和歌集』 巻第二・春歌下

「散る桜をどうして恨もうか。我が身もこの世の中にずっと一緒にいることができるだろうか」

 今年も桜の季節の到来です。日本最古の和歌集『万葉集』の時代では、花と言えば梅を指し、収録されている和歌の題材で最も多かったのは萩だと言います。

 それから時を経て、最初の勅撰集である『古今和歌集』の時代に花=桜が定着しました。このように日本人の美的感覚は和歌から浸透していったものが多くあります。今回掲げた和歌は散る桜を惜しみながらも、花と同様に自分も無常な存在だということを強調しています。この余情は現代の私たちも共感できるものでしょう。

 「祇園精舎の鐘の声」(平家物語)しかり「ゆく川の流れ」(方丈記)しかり、世の無常を表現する名文は数多く存在します。そして、現代においても古人の言葉を体現するかのように世の無常を痛感する出来事に遭遇することがあるでしょう。

 平成から令和へと年号が変わり、私達を取り巻く環境は大きく変化しています。今まで当たり前だった価値観が覆る事も少なくありません。しかしそれは、和歌から新たな文化を発信することが無くなったように、時代が進む過程でどうしても起こりうることなのです。同じように思える世の中でもそこに暮らしている人々は全く違うのですから。

 そんな時代の流れの中にも桜を愛でる精神のように後世にも残すべき価値観はあるでしょう。伝教大師のお言葉に「己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり」という教えがあります。自分自身の欲や、利益よりも先に他者のことを考え行動することが重要だということです。

 今年は伝教大師最澄一千二百年大遠忌の年です。大師のご精神が人々の心の根本に備わることを切に願わずにはいられません。

鬼手仏心

「雨ニモマケズ」

 自坊から中央道を東京方面に、インターひとつ走ると駒ヶ根市である。中央アルプス駒ケ岳(2956m)を背に豊かな伏流水に恵まれ、養命酒駒ヶ根工場がある。「滋養強壮養命酒」だ。

 昨年春、養命酒のテレビコマーシャルに目が止まった。俳優の草刈正雄さんが詩を朗読していた。
 「新しい朝が来た 希望の朝だ
 喜びに胸を開け 大空仰げ」これは、ラジオ体操の歌だ。

 私たちはこの一年、マスクを手放せないウィズコロナの緊張した生活習慣の中にいる。新しい朝が希望の朝であったり、喜びの気持ちに満ちて大空を見上げた日が何日あっただろうか。このテレビコマーシャルに出会ってから、朝起きてマスクを付け家を出る前に、大きく深呼吸して一日を乗りきる小さな決意をしていた。

 秋になる頃、朗読する詩が宮沢賢治の『雨二モマケズ』に変わっていた。「雨二モマケズ 風二モマケズ 雪二モ夏ノ暑サ二モマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ 慾(よく)ハナク 決シテ瞋(いか)ラズ…」

 昨年4月「不滅の法灯」全国行脚が直前に延期になった。私は、自坊での法灯奉安法要の最後に檀信徒全員で『雨ニモマケズ』を唱和しようと計画していた。

 今、私たちはコロナ禍の中、大法会事業を進めている。6月4日の前後三日間に、宗祖伝教大師一千二百年大遠忌御祥当法要を執り行う。何を考え、どう行動し、どんな間違いを犯したか、ひとつひとつが歴史になっていく。宗祖伝教大師様は、「オロオロアルキ最善の判断を模索する」宗徒の姿をありのままにご覧になっているだろう。

 新型コロナウイルス感染症が収束した国土を「不滅の法灯」が行脚するのを心待ちにしている。私たちの願いがこれからの社会を創っていく。 

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