天台宗について

The TENDAI Journal~天台ジャーナル~

天台ジャーナル 第30号

『平和の架け橋を求めて』
「比叡山宗教サミット18周年」世界平和祈りの集いを開催

 「比叡山宗教サミット十八周年世界平和祈りの集い」が、八月三・四日、ウェスティン都ホテル京都と比叡山延暦寺を会場に開催された。今回のテーマは「平和の架け橋を求めて アジア仏教者との対話集会」で、国内の仏教者に加えて、海外からは八カ国の仏教代表者と二カ国からイスラム、キリスト教の代表者を招いて開催された。主催は天台宗と延暦寺および天台宗国際平和宗教協力協会。

-アジアの仏教者との対話-

 二〇〇二年に起きた9・11同時多発テロや、今年引き起こされたロンドン同時多発テロ、あるいは中東やイラクなど、イスラム教対キリスト教という構図で、憎悪に根ざしたテロや武力行為による大量虐殺が相次いでいる。これまで、異なった宗教同士の対話によって世界平和を目指してきた天台宗にとって、今回のサミットは「仏教が平和のために何ができるか」を全面に打ち出した集会となった。
 三日は、開会式典に続いて瀬戸内寂聴師とタイ国のパイサーン・ウォンボラビシット国民和解委員会委員がそれぞれ記念講演を行った。
 四日は「紛争和解の為に仏教者は何ができるのか」をテーマとしてシンポジウムが行われ、日本を含む六カ国からの代表者が白熱した意見交換を行った。この中で奈良康明駒澤大学総長は「仏教は周りに起こっている様々な悲惨な状況、困難を自分の心の痛みとして受け止め、アクションを起こす姿勢が必要。それがあって草の根的な話し合いが意味を持つ」と指摘し、イスラム代表として出席したカマール・ハッサンマレーシア国際イスラーム大学学長は「本来は努力などの意味に使われるジハードという言葉が狂信者によって戦いの意味に用いられ、マスコミによって聖戦などの意味で広められている」と、メディアと宗教者との対話の重要性を訴えた。
 同日午後は、会場を比叡山に移し約八百五十人が出席して世界平和の実現を共に祈った。渡邉惠進天台座主猊下は平和祈願文の中で「死亡や負傷、そして逃げ惑い、飢えや病に苦しむ人々のニュースにも、その多さの故に無感動にやり過ごす風潮すら生じかねないと懸念している」と紛争外の地にいて「対岸の火事」のごとく無関心層を強く批判した。
 今回新たに発表された比叡山メッセージでは「一人ひとりの心に平和の砦を築くことを働きかけ、世界を掩っているテロや核兵器の脅威に共に対処してゆかなければならない」と強調、更に「われわれは仏教のみが平和の架け橋になるのではなく、すべての宗教がその根本義に立ち返ったとき、平和の架け橋であることを再認識し、更なる対話を広げていく」と宣言した。

素晴らしき言葉たち -Wonderful Words-

 仕事にはぶら下がるものじゃない。自分が主人公であり、自己を示すのが仕事なのです。その意思表示を上手にするか、下手にするかによって、逆にまた、自己が定まってくるのです。

「大愚のすすめ」 山田恵諦著・大和出版

仕事にぶら下がる、とは言い得て妙ですね。人は何のために仕事をするのか―。
 あらためて問われると少し躊躇してしまいます。勿論、日々の生活を維持するためであり、その上で生きがいとなれば仕事として申し分ありません。今生に生を受けた以上は、意義或る人生にするのが、私たちの務めでしょう。暮らしを支える仕事に生きる目的が寄り添うのは理想です。
 しかし、現実には、なかなかこうはいきません。やりたいことが職業と一致することはあまり多くないのが現状でしょう。日常的に続く仕事の中で、いつしか生きがいは剥がれ落ち、時間を切り売りして、食を得るためのみの職業になってしまいがちです。
 こんな時こそ、「仕事とは、己を現すことである」という根本に立ち戻ることが肝心です。縁あって今ある仕事に就いているなら、大なり小なりそこで自己を発現せよ、ということでしょう。
 自己を示せないと分かったら、いつまでも「仕事にぶら下がり」たくないものです。

鬼手仏心

『わしゃ、知らん』  天台宗出版室長 工藤 秀和

 
 突然の衆議院解散で、世間は選挙モード一色です。
 お盆で、檀家さんを回っておりましても「こんなことは初めてですね」という話題ばかりでした。
 確かに、日本は曲がり角にあるようです。それで天台宗の碩学である大僧正に「先生、これから日本はどうなるのでしょうか?」と聞いてみました。そうしたら、その大僧正から「キミ、そんなことは、わしゃ知らん!」と一喝をくらってしまいまいた。
 その時は(まあ、何と乱暴な。この人、ほんとに学者なんだろうか)と思ったものでしたが、すぐにその意味するところは「仏教は心の置き所を教えるものだ。その場、その場の政治や世の中の事象の解決方法を教えるものではない」といわれてることに理解が至りました。
 鎌倉時代の傑僧で、京都高山寺に住持された明恵上人に、「あるべきやうは」という有名な言葉があります。「各人が、それぞれあるべきようにふるまえば、国もあるべきように治まる」という意味です。
 つまり、政治家は政治家らしく、僧は僧らしくすることが肝要なのだということです。
 承久の乱の時、幕府軍に負けた天皇方の落ち武者が高山寺に逃げ込んで来たときに明恵上人は「ここは殺生禁断の地、漁師に追われた鳥や獣もここでは命をつなぐ。追ってを逃れた武士をかくまうのも慈悲である。それが政府の妨げになるなら、我が首をはねよ」と言ったといいます。それを聞いた時の総理大臣である北条泰時は、心から明恵上人を尊敬して弟子となりました。
 このあたりが為政者と仏教者の「あるべき」理想の関係のように思われます。

仏教の散歩道

のんびりと働く

 古代ギリシャのエペイロスの地にピュロス(前二九七―前二七二)という王がいました。この王はイタリアに遠征することを考えていましたが、その遠征を思いとどまらせようと思って家臣がこんなふうに言いました。
 「王さま、イタリアに遠征してローマ人に勝ったら、次にはどうなさいますか?」
 「次にはイタリア全土を征服する」
 「その次は……?」
 「その次はシチリアを征服する」
 「そして、その次は?」
 「リビアやカルタゴじゃな…」
 「それらを全部征服し終わったあとは、王さまはどうされるおつもりですか?」
 「そのあとは暇ができる。そうすると、ゆっくり宴会でも開いて楽しむこととしょう」
 そこで家臣が言いました。
 「王さま、宴会をやって楽しくやるのは、いま、ここでできることではありませんか。何も苦労して戦争などやる必要はありませんよ」
 その家臣の言葉に、ピュロス王が戦争を思いとどまったかどうか、ちょっと忘れてしまいました。たぶんピュロス王は征服戦争をやってのけたのでしょう。それはどちらでもいいのですが、この家臣の言葉は名言ですね。覚えておいてよいと思います。
 われわれ現代日本人は、将来に備えてあくせくと働いています。多くのサラリーマンは残業につぐ残業で、家庭を犠牲にしています。ときには過労死するありさまです。彼らに、「何のために、そんなにあくせく働くのですか?」と問えば、きっと
 「定年退職後にのんびりと暮らすため」
 といった返事が返ってくるはずです。それがサラリーマンの願望なんでしょう。
 でもね、将来のことはわかりませんよ。あなたの会社が潰れるかもしれないし、日本に革命が起きるかもしれません。いや、それよりも、あなたが定年退職の年齢まで生きる補償はないのです。過労死すれば、すべてがパァです。
 それよりは、ピュロス王の家臣の言葉に学ぶべきなのです。のんびりと暮らすのが夢であれば、その夢は、いま、ここでかなえることができるのです。いますぐ、のんびりと暮らせばいいのです。
 おまえはサラリーマンの苦しみがわかっていない。おまえの言う通りにすれば、会社を首になってしまう。そんなふうに言われる人がおられるでしょう。だが、それは私の言葉を誤解した反論です。わたしは何も会社に楯突けと言っているのではありません。そうではなくて、わたしは、
 ― のんびりと働く ―
 ことをすすめているのです。あくせくと働くのではなしに、ゆったりと、毎日の生活を楽しく送るようにすべきだと言っているのです。そういう生活は可能なんですよ。

カット・伊藤 梓

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