天台宗について

The TENDAI Journal~天台ジャーナル~

天台ジャーナル 第215号

「忘己利他」の精神を広く伝え ―延暦寺年賀式―

 令和3年延暦寺年賀式が1月8日、延暦寺会館瑞峰之間で行われた。例年、宗内諸大徳や山門出入方などの有縁者が多数集うが、今年は新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止から規模を縮小。阿部昌宏天台宗宗務総長や延暦寺一山住職ら関係者のみが出席し、新年の門出を祝った。

 年賀式は午前11時に開式され、森川宏映天台座主猊下を導師に法楽を厳修。続いて、水尾寂芳延暦寺執行が御祝詞を言上した。

 森川座主猊下は“お言葉”で、まずはコロナ禍の昨年の状況に触れられ「世界中を席巻し目に見えぬ恐怖に苛まれた一年であり、日本においても猛威を振るう事態は正に国難でありました」と回顧された。その上で「この事態に立ち向かい、新しい取り組みにも挑戦し、前向きに懸命に務めを果たしておられる人びとに想いをいたすと、心からの敬意と明るい希望を持って早期終息と人心安寧の祈りを捧げることができます」と述べられた。また、宗祖伝教大師一千二百年大遠忌の御祥当を本年に迎え「大師が身命を賭して取り組まれた『志』とは、この国をこの世界をみ仏の慈悲に目覚めた人=菩薩の働きによって美しく浄らかにすることであります」と教示。「『己を忘れて他を利する』の精神を広く伝え、『一隅を照らす』人物が充ち満ちる国づくりに邁進しなければなりません。大師の鴻恩(こうおん)に報いるため共に努めましょう」と呼びかけられた。

 来賓を代表して阿部宗務総長は「伝教大師最澄様の教えが比叡山根本中堂に掲げられている不滅の法灯とともに、動乱や変遷を経ても、今日も輝いている。今年6月の祥当法要をはじめ、様々な願いがこもった事業が、滞りなく遂行できるよう、本末一如、和合の宗団を目指して頑張りたい」と新年に当たっての決意を述べた。

―「自他同心」で行動を―

 毎年発表している「比叡山
から発信する言葉」として「自他同心」が水尾執行から紹介された。
 まず他人を思いやり、身体は近づかなくても、心と心を近づけ、相手の心になって行動しようとの願いが込められている。
 水尾執行は「困難な中だが、我々は仏天と宗祖大師、祖師「自他同心」で行動を方のご加護を信じ、前向きに懸命に務めを果たし、人心安寧の祈りを捧げてまいらねばならない。そしてその先に明るい光明が見える、そういう一年にしたいと心から念じている」と話した。

素晴らしき言葉たち -Wonderful Words-

日々の生活こそは凡(すべ)てのものの中心なのであります。またそこに文化の根元が潜みます。人間の真価は、その日常の暮らしの中に、最も正直に示されるでありましょう

柳 宗悦

 美学者であり、思想家でもあった柳宗悦は、名も無い職人たちが生み出した、日常に使う生活用品のなかに美を見いだし、「民芸」という言葉を創り出したことで知られてます。

 私たちは、衣、食、住を欠かせざるものとして日々の生活を送っています。生命を維持するためにはそれは必須なことです。その上で、その生活を維持するために仕事をなし、諸々の物事に対処し、余暇には楽しみとなることを行うという日常を送っています。
 
 たとえば、朝の清々(すがすが)しい目覚め。爽(さわ)やかな空気に包まれて浴びる太陽の柔らかな日差し。そこから一日が始まります。
 そして、喜怒哀楽を感じる諸々の体験を経て、やがて、星の瞬(またた)くころ、安らかな眠りに着くのです。

 そんな日々のことは、まさに当たり前すぎて格別意識して考えることもありません。毎日毎日、繰り返しの行動が多いわけですから、精神的には、ついつい感動もなく、起伏のない、よくいえば平穏な時間が過ぎていきます。そうなると、この平穏で退屈ともいえる時間の価値を忘れてしまいます。しかし、すべてはこの日常から出発しますから、こうした日々にこそ人間の根源的な価値があると思います。

 私たちは、この日々の暮らしの持つ素晴らしい意味に気がつくときは、どんな時でしょうか。
 当然、事故や災害に遭うとかの非常時、あるいは、大病を患ったときでしょうか。
 さらには、身近な親しい人たちの不幸など、辛い状況下にあるときでしょう。そんなとき、輝いて見えてくるのは、何の変哲もない日々の生活だと思います。

 すべては日常の中からはじまり、そこに生きている人間の生き方こそが、人生における何ものにも代え難い価値を生み出すのでしょう。 

鬼手仏心

阿部新内局の近況から

 新型コロナウイルス感染症問題が長期化し、先が見えない事態の中、医療崩壊、経済不振、恐らくは不安心理からくる差別問題など、社会に対する諸々のストレスが高まっているようである。

 かかる状況下、昨年11月下旬に発足した天台宗の阿部執行部は“コロナ禍”第三波に制約されて挨拶回りもままならないなど、順調とは言い難い。そのような中、伝教大師一千二百年大遠忌祥当年の諸事業実施方針並びに予算の策定に取り組み、加えて拡大を続ける“コロナ禍”の対応に注力している。
 
 令和3年1月4日付、毎日新聞朝刊は、米国下院初の女性議長ナンシー・ペロシ氏が再々任されたことを報告し、その就任演説で新型コロナウイルスと経済悪化の危機に触れて「我々は、過去の世代の指導者達が直面したどの挑戦よりも困難な責任を引き受けることになる」と述べたと伝えていた。我々が自らを尊大振(そんだいぶ)って指導者を気取る気は毛頭ないが、阿部新内局においても先例・慣例等を頼りにできない状況もあり、ペロシ議長のコメントに共感するところ大である。当面の施策は疫病から生命を守ることを基軸にしつつも、執行部並びに職員一同は結束して、出来ない事を言い訳にしたり唯(ただ)に悲観する愚を排して、新たな視点、選択肢を設けながら宗務及び各事業推進への途(みち)、光明を探すことに努力中である。危機管理の専門家、故佐々淳行氏は危難に対して「最悪を想定しながら、楽観的に対処せよ」と仰せられた。吾人(ごじん)もこれに倣(なら)いたいものである。

 必要以上には聳(そび)えず、怯(ひる)まず、脅(おび)えず、高ぶらず、前向きに対処することで宗祖大師のご遺誡(ゆいかい)にある「志を述べる」、そのより良き方策に恵まれたいと念願するこの頃である。

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