天台宗について

The TENDAI Journal~天台ジャーナル~

天台ジャーナル 第203号

宗祖の御教え心に、宗内一丸で
1月8日 有縁の人々が延暦寺会館に集う

令和となり最初の延暦寺年賀式が1月8日、比叡山延暦寺において催された。宗内諸大徳、政財界、山門出入方などから約350人が参列し、新年の門出を祝った。

―明年の宗祖伝教大師一千二百年大遠忌に意欲を示される―

 年賀式は午前11時より延暦寺会館で執り行われ、最初に森川宏映座主猊下を大導師に参列者全員で『般若心経』を読誦した。

 法楽後、新年にあたってのお言葉を述べられた森川座主猊下は、冒頭で昨年を振り返られ、天皇皇后両陛下の御即位と新元号公布により新たな御代が始まったことに触れられた。そしてラグビーW杯やノーベル化学賞受賞などの話題が「国民にとって誇らしい出来事があり、国中に笑みがこぼれたことは、真に喜ばしいことでした」と紹介。しかし、その反面で悲しい事件や自然災害が多発したことにも言及され、被害者らにお見舞いの言葉を述べられた。

 さらに昨年11月24日、ローマ教皇フランシスコ聖下の来日に際し、広島で三年ぶりの再会を果たし、笑顔で交歓されたことを報告。フランシスコ教皇が発した平和メッセージの内容から「神仏から授かった私たちの“いのち”を、人間が作り出した核兵器によって奪うことはあってはならないことです」と共感され、伝教大師の忘己利他の精神にも通じるとの見解を示された。
 そして、明年に迫った宗祖伝教大師一千二百年大遠忌へ、「宗祖の御教えを心に宗内一丸となって進んでまいりたい」と意欲を示された。

 続いて式典が催され、杜多道雄宗務総長が挨拶し「閉塞感を打破して宗祖伝教大師が目指された助け合い、支え合い明るく安心して暮らせる社会の実現を目指すには、宝とすべきは道心であり、さらに忘己利他の実践に他ならない。来年は宗祖伝教大師一千二百年大遠忌を迎える。幸い、伝教大師最澄1200年魅力交流委員会を立ち上げていただいた。委員会の皆様のお力をお借りして、お大師様の御精神を大いに世間に敷衍してまいりたいとの覚悟を新たにした」と決意を述べた。


―今年の言葉は「一々労不惜」-

 また、毎年発表される「比叡山から発信する言葉」として、今年は『一々労不惜(いちいちろうふしゃく)』が小堀光實延暦寺執行より披露された。事態のひとつひとつに労りの心を惜しまず、支援の労を惜しまずに共に力を合わせて過ごしたいとの願いが込められている。
 小堀執行は「文字通り、伝教大師様が徹底して自分を忘れ周りの人たちに尽くす『忘己利他』その思いを込めた。一々労不惜をもってこの一年、専心に勤めて参ることをお約束申し上げたい」と紹介し、その実践を呼びかけた。

素晴らしき言葉たち -Wonderful Words-

「旨い物は宵に食え」

幸田 文

 この言葉は、美味しいものは一晩過ぎると味が落ちるから、今夜のうちに賞味しなさいという意味です。
 人間には二通りのタイプがあって、美味しいものをすぐに食べてしまう人と、なかなか手が付けられない人があります。

 文豪、幸田露伴(こうだろはん)の娘で、今は亡き作家の幸田文(あや)さんは前者のタイプだったようで、よくこのことわざを口にしたそうです。
ある時、作家の村松友視さんが自分の育った故郷、静岡の名産である〝生しらす〟を幸田さんに届けました。村松さんは、しらすの食べ方をその場で教えて帰ろうとすると、幸田さんは玄関先に村松さんを待たせるのです。
 そして幸田さんは、お勝手から小皿と醤油、箸を持ってきてその場で口に入れ、「美味しい!」の一言。そのあと笑顔と共にお礼を言ったそうです。

 これを無礼で行儀が悪いとみるのか、それとも感謝の気持ちを最大限あらわした態度なのか、評価は分かれるとは思います。
 しかし、これはこれでなんとも爽やかな対応のような気がします。もちろん、ゆっくりと賞味し、後日、丁寧に礼状をしたためるのもちゃんとした御礼の仕方でしょう。
 食べ物ではないですが、同じような例として、親鸞聖人九歳の時、仏門にはいる決心をし、時の天台座主慈円師を訪ねたみぎりに詠んだと伝わる和歌があります。
 もう夜も遅いし得度式は明日にしようと座主がおっしゃった時、親鸞聖人は
 「明日(あす)ありと思う心の仇(あだ)桜(ざくら)、夜半(よわ)に嵐の吹かぬものかは」(桜が見事に咲いているが明日まで待たずに今日見に行こう。夜中に風が吹いて散ってしまうかもしれないから)と詠まれたというのです。
 「時を逃さぬ」という意味で、掲げた言葉と通じるものがあると思います。

 「旨い物は宵に食え」は、やらなければならないことを、ついつい後回しにしがちな人には贈りたい言葉ではありますね。

鬼手仏心

鬼の現れかた

 私達に馴染みのある鬼は、主に節分行事や修正会(しゅしょうえ)に出てくる。数ある中で、貴船の物語を紹介したい。貴船神社本の粗筋は、「内裏(だいり)の扇合(おうぎあわ)せにふと見た女性の絵姿に恋をした若者が、鬼国に至り、天女にも勝るかと思われる美しい鬼姫と出会う。姫の父鬼が責めるので、姫は身代わりに命を捨てる。その後姫は、若者の伯母の娘と生まれ変る。鬼は節分の夜に二人を襲うが鞍馬の毘沙門天の教えで炒(い)り豆を打って退け、さらに五節句を営んで鬼軍を追う。二人は幸せに暮らすが、やがて姫は貴船の大明神となり、若者は招神となって、共に人々を守ることになった」とされる。中世の人々が創造した鬼の姿に、除災福徳の祈りを偲(しの)ぶ事が出来る。

 ところで私の地元播磨では、毎歳(まいさい)一月から二月にかけて鬼舞(おにまい)が数多く修せられる。ここでは逆に、攘災豊饒(じょうさいほうじょう)を祈る主役が鬼という事が興味深い。
圓教寺の鬼は、不動明王と毘沙門天の化身、赤鬼青鬼が松明と宝剣を持ち宝鈴を振りながら堂内を高らかに足を踏みならして廻る。

 神積寺の鬼は、本尊薬師如来の化身である山の神、日光菩薩の化身である赤鬼、月光菩薩の化身である青鬼が、松明を荒く振りながら堂内を駆け巡る。
 一方、現代社会に潜むであろう鬼もある。黒澤明監督による一九九〇年公開『夢』に出てくるいかりや長介演じる鬼は、人間の業(ごう)が創り出したものといえようか。
 小説では、今村翔吾著二〇一八年の『童の神』が記憶に新しい。歴史小説の形を借りて「鬼に横道なきものを」という酒呑童子(しゅてんどうじ)の詞には、同じ人でありながら排除され鬼とされる側の悲しみが込められている。

 これからも新しい鬼の姿が立ち現れると夢想するが、邪鬼悪鬼よりも護鬼善鬼に活躍してほしい。

ページの先頭へ戻る